「なぜ、ウェブメディアだけでなく、コミュニティやオンラインサロンにも注力するようになったの?」
最近よく聞かれる質問です。
答えは、そこに「次のニーズがある」と思ったからです。
きょうはそんなお話を少しだけ。
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思うに、働くとは「いま目の前にいる人々が何に悩み、それを言語化したうえで、その解決策を具体的に提案すること」だと思います。
その規模を大きしていけば、自然とビジネスに変化していく。
それは、松浦弥太郎さんのこの言葉が一番わかりやすいと思います。
https://twitter.com/hirofumi21/status/1049485888898523136?s=21
参照:何を民主化したいのか? http://inkyodanshi21.com/blog/13418/
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僕は「これからの◯◯を考える」ときに、「これまでの◯◯」から考えるようにしています。
だから、これからの働くを考える前に、まずは「これまでの働く」を考えてみたい。
戦後、人々の一番の悩みは、貧困的な貧しさでした。
その物質的な貧しさを満たすために、白物家電や車、洋服など、さまざまな有形物が生み出されて、実際に物質的な豊かさを昭和という時代に獲得しました。
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でもバブルを超えて平成に入ると、物質的に満たされても、まだ満たされない部分があることに気づきます。
次の人々の悩みは、物質的な貧しさから「心の貧しさ」に変わり、貧困から「退屈」に変化していきます。
その結果、テレビや旅行などに代表されるような、コンテンツやレジャービジネスがたくさん生み出されて、無形物(サービス)が世に溢れるようになってきた。
そして実際に情報的な豊かさも、平成という時代を通して僕らは獲得することができました。
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ただ、どれだけ退屈を埋めてみても、やっぱり心は満たされない…。
むしろ、刺激が強いサービスやレジャーなどを体験すればするほど、その日常との落差に退屈や孤独感は深まるばかり。
いま、時代が平成から令和に変わり、人々の悩みは、その「孤独」や「いきがい」に変化してきているわけです。
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この時にキーワードになるのはきっと「所属感」や「貢献感」というワード。
こればかりは、物質や情報のように他者から与えられるものではなく、自分が他者のために働いて、与える側にならないと満たされません。
もちろんここで言う「働く」とは、生活費を稼ぐため(富裕層になるため)の働くではなく、本当の意味での働く(所属して貢献すること)を指します。
そして、その所属感や貢献感を感じられるための究極の方法は、きっと”大きな家族”に所属することなんだと思います。
つまり、次のビジネスは、「これからの時代の家族の在り方」を定義すること。(ここでいう家族は血縁関係は関係ない)
もっと具体的に言えば、今のSNSのように「自分と似てるひと」を発見できる空間ではなく「自分の身内だと思えるひと」を見つけられる場を作り出すことなのかなと。
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僕は、そんなことを考えながら、ウェブメディアに留まらず、コミュニティやオンラインサロンにも注力するようになりました。
先日、この経緯を言語化する機会を与えてくださった福岡のみなさんには、本当に感謝しています。
今日のお話が、いつもこのブログを読んでくださっている方々にも何かしらの参考になったら幸いです。