自分が感じてる違和感を言語化できるようになると、立場が違う相手であっても肯定できるようになると、僕は思っています。

例えば、効率化や生産性の話。

効率化を徹底的に求めるタイプと、それでも過程やプロセスに生きがいを感じるタイプ。

どちらにも、メリットとデメリットはあると思います。一概にどちらがいいとは言えません。

そのときに、自分の中に生じた違和感を言語化できるようになると、無闇に相手を批判しようとはしなくなる。

むしろ、以下の記事に書いたように、相手の良いところは取り入れようと思えるようになるはずです。

参照:‪地域へ移住する人にも意識して欲しい「生産性」の話。 http://inkyodanshi21.com/books/10052/

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一方、ただ感情に流されて「違和感があるから」という理由だけで、相手を拒絶してしまうと、この感覚が生まれてきません。

感情で判断した結果、相手が自分よりも低い立場だと見なせば、見下していじめるようになるし、自分より立場が上だと判断すれば、ルサンチマン(嫉妬)になってしまう。

では、具体的にはどうすればいいのか?

相手の主張のなかに、矛盾や葛藤を発見しても、その時点ではすぐに反論しないことが大切なんだと思います。

どうしても人間は、何か反論できる部分を見つけると、そもそも違和感を感じていたものに対しては、その時点ですぐに「間違っている!」と主観的に判断してしまいがち。

まずは、すべてを受け入れてみる。

そして、自分が感じた違和感を、淡々と自分の中で言語化していく。

もちろん、この過程で得られた発見をわざわざ相手に伝える必要は全くありません。

そうすると、メリット・デメリットが自分の中でも整理されてきて、良い部分も悪い部分も同時に見えてくる。

その上で改めて自分がどちらの立場を支持するのか、はたまた第三の道を選ぶのか、それを冷静に判断すればいいのです。

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最初からこの一連の思考を放棄したひとが語る「人それぞれですよねー」と、

他者の意見に感じる違和感をちゃんと言語化した上で発せられる「人それぞれですよね!」は、

客観的にみて、言動や決断が全く同じでも雲泥の差があると思っています。

これからも僕は、自分が感じた違和感をちゃんと言語化するプロセスは怠らないでいたいと願うので、今日のブログにも書き残しておきました。

いつもこのブログを読んでくださっている方々にとっても何かしらの参考になったら幸いです。