このお盆休みに、初めての佐賀と、5、6年ぶりの福岡を旅してきました。

きっかけは、Wasei Salonの福岡リアルイベントと、最所あさみさんをゲストにお迎えしたVoicy対談です。

Voicyに関しては、今回はいつもと逆に、僕のほうが九州へ出向いて佐賀で収録するという初めての形で、テーマもそのまま「風土に身を浸したときに、何を感じるか」になりました。


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で、久しぶりの福岡、とくに天神あたりは、まるで別の街となっていて、ほんとうに驚きました。

僕が前回訪れたのは、ちょうど「天神ビッグバン」と呼ばれる再開発が始まる直前。

それがいまや、天神どまんなかにワンビルがそびえ立ち、大名にはリッツ・カールトンがあって、海外向けのラグジュアリーなテナントが、そこら中にずらりと並んでいるような状態。

正直、自分の知っている街だとは思えないほどの変わりようでした。

ところが、そこから少し路地へ入ると、小さな飲食店がびっしりと残っている。

そして夜になれば、当たり前のように屋台も出てくる。そこには韓国人観光客がびっしりと、深夜になってもひっきりなしに訪れている。

この風景を眺めながら、東京から飛行機で2時間もかからない場所なのに、「ああ、外国に来たなあ」と思わされます。

で、なぜ福岡には、ほかの都市で消えていったものが未だに残っているんだろうかと。

今日はそんな問いから始まるようなお話です。

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この点、Voicyの対談の中で最所さんは、福岡らしさを「ちっちゃいお店がいっぱいあって、その一個一個のクオリティがちゃんと高いこと」だと話していました。それは屋台文化の延長でもある。

たしかに、大名や六本松のあたりを歩くと、巨大資本にすべて置き換えられていないエリアがまだしっかりと残っています。

東京だったら、地価が上がって観光客が増えた瞬間に、チェーン店や高収益テナントへと一気に入れ替わってしまいそうな原宿のような場所にもかかわらず、です。

だから最初は、この「小さい店」そのものが、福岡の文化の本体なんだろうと思っていました。

でも、対談で話しているうちに、それだと少しズレているんだろうなあと。

小さい店なんて、資本が本気を出せばいくらでも消せます。実際、天神ではそれが起きたわけですからね。

本当の問いは、「なぜ、その小さい店を、地元のひとたちが選び続けている人たちがいるのか」のほうなんですよね。

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ここで最所さんが教えてくれたのが、九州の人たちの飲食店の選び方でした。

お店を選ぶときの基準が、機能ではない。美味しいとか安いとかではなくて、「◯◯先輩のところで」という理由であって、そこに合理性はない、と最所さんは言い切っていました。

実際、Wasei Salon飲み会の三次会も、シゲさんの知り合いの先輩が足繁く通うお店であり、福岡のテンプレ通りの選び方で、ほんとうに嬉しかった。まさに九州文化を生で見せてもらったような感覚です。

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一方で、考えてみると、東京的な店選びはその真逆ですよね。

Googleマップの評価が4.3だから、コスパがいいから、SNSでバズっていたからなど、要するに、機能と数字で選んでいる。

それは、東京文化は、人間関係が希薄だから。もしくは人間関係を頑張って築いてみたところで、5年も経てば大体が入れ替わってしまい、すぐに資本の論理に流されて、お店自体がなくなってしまうことが多いから。

でも九州では、「◯◯先輩に呼ばれたので、採算度外視で来ました!」が、いまだに普通に成立しているらしいのです。

市場原理から見れば、これはかなり不合理です。もっと安くて、もっと美味しい店は、きっとほかにもあるはずですから。

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それでも、そのお店に行く。なぜなら、そこに独特の関係性があるから、です。

そして、だからこそ強い。

「◯◯先輩の店」は、食べログにもGoogleマップにも代替されません。

星の数で選ばれた店は、星の数が上の店が現れた瞬間に乗り換えられてしまう。でも「先輩の店」は、そもそも比較の土俵のうえに乗っていないわけですよね。

文化を支えているのは、案外こういう「不合理な消費」なのではないか。

これが、今回の対談から僕がいちばんに持ち帰った仮説です。

非効率だから残っているのではなく、非効率であることによってこそ、残せている九州の文化があるという逆説です。

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僕らは「文化を守る」と聞くと、文化財指定や補助金や、行政の保存活動のようなものを思い浮かべます。

でも、実際に街の文化を守っているのは、もっとずっと地味で目立たない行為なのかもしれません。

対談の中で盛り上がったのが、九州の「旦那衆」の話でした。

福岡で飲んでいると、見ず知らずの九州人に絡まれて、「どっから来たと?」から始まって、気づけば全部奢ってもらい、もう一軒連れて行かれて、そこも全部奢ってもらう。

そういう話が、本当によくあるらしいんですよね。

最所さん自身、20代の頃は見ず知らずのおじさまたちに、どれだけ奢ってもらったかわからないと語っていました。

だから将来は、自分も若い子たちに奢っていかなければいけない。そういう「恩送り」の経済圏が、いまも現役で回っているのだと。

価格を最適化する経済ではなく、関係を継承していく経済。この計算不能な余剰によって、街にお金が流れ、人が育ち、店が残っていく。

贈与というものは、そもそも等価交換のように差出人へ返すことができないからこそ、受け取ったことに気づいた人が、次の誰かへ手渡していくしかない。

文化人類学や贈与論の教科書に書かれているようなお話、そのままの光景が、九州の飲み屋では毎晩繰り広げられているわけです。

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ただし、この話を「昔ながらの共同体って、あたたかいよね」で終わらせてしまうと、いちばん大事なところを見落としてしまうと思います。

対談でも、最所さんがそれをはっきりと指摘してくれていました。

奢ってもらって「ラッキー」では絶対に終われない。みんな見返りを求めて払っているわけではないけれど、払ってもらった時点で、そこにはどうしても序列ができてしまうんだ、と。

しかもこの感覚は、「借金してでも後輩の分は出す」から「借金してでも女には奢れ」まで、地続きでつながっている。

つまり、九州特有の年功序列、男尊女卑とも簡単に接続してしまうわけです。まさに「さす九文化」と、本州から揶揄される文化そのもの。

たしかに、贈与はあたたかい。でも贈与は、負債と序列も同時につくるわけです。

つまり、共同体は人を支えるけれど、共同体は、同時に人を否応なく縛ってしまう。

僕らはこの地域文化特有の面倒くささが嫌だったからこそ、この数十年、街も人間関係も一生懸命に合理化してきたはずです。

それ自体は、決して間違いではなかったと思うんです。

文化の対局にある、文明的発展と言えそうです。

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文明は、街を安全にするし、明るくするし、清潔にもする。

ヤクザのような反社会的勢力を真っ先に排除するのは、それが理由です。

闇市からの曖昧な権利関係なんかも、すべて法的に整理して、大きな資本が投資しやすくするのも、まさにそう。どれも、基本的には「善」なる行いです。

でも、それを徹底していくと、街から「面倒くさい人間関係」まで一緒に取り除かれてしまう。

そして最後に残るのは、どの都市へ行っても同じ光景、高級ホテルとラグジュアリーブランドとオフィス。そして、きれいに整えられた芝生です。

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今回、新しくなった天神や大名を歩いていて、僕がいちばんぞわっとしたのは、まさにそんな光景でした。

外資系の高級ホテルが上層階に入り、その足元に芝生が広がっていて、そこに市民たちが寝転がっている。

もちろん、芝生そのものは素晴らしいとは思います。公園も公共空間も、街には絶対に必要不可欠ですからね。

でも、地元の人たちの土地を地上げしてどんどん奪っていって、最終的に与えられたものが「芝生」だとしたら、なんだかモヤッとするなあと。

これまでの日本の都市は、階級の差をなるべく見えないようにつくられてきたのに、高層階から街を消費する人と、地上の芝生に寝転がる人という形で、その差がむしろ「垂直方向」に可視化され始めている。

似たような再開発は、福岡に限らず、大阪のうめきたエリア(グラングリーン)でも、名古屋でも、いま日本中で同時に進んでいます。

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で、ここで思い出すのが、京都なんです。

京都に文化が残ったのは、単に「古い街だから」ではないと思うんですよね。

京都には、「お金だけでは絶対に動かない人たち」が大量にいたから残った。それを僕はヤクザみたいなひとたちと配信内で呼びましたが、それは半分冗談で、半分は本気です。

義理と人情、そして圧倒的な歴史と文化によって、裏打ちされている。

いくら積まれるかよりも、誰からの話なのかのほうが重要であり、それが何代続いてきた関係なのか。それを売り渡してしまったときに、ご先祖さんにほんとうに顔向けできるのか。

そういう論理が、資本の論理と並行して、ずっと生き続けてきた街が京都です。

近代的に見れば、ものすごく面倒くさい街です。

新規参入はしにくいし、よそ者には閉鎖的だし、合理的な再開発なんかもやりづらい。

でも、その頑固さこそが、文化の防波堤だった。

義理と人情を重視してきた結果が、あれだけの唯一無二の文化を育んできたわけです。

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そう考えると、いまの福岡は本当に面白い段階にあります。

最新の巨大再開発のすぐ脇に、小さな個人店。世界の資本と、地元の先輩後輩の関係が、同時に存在している。

まったく違うふたつの論理が、ひとつの街の中に同居している。

対談の中で最所さんも、「福岡はいままさに分水嶺にいる」と話していました。経済の面だけではない福岡らしさを、ここからちゃんと守っていけるかどうか、と。

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最後にまとめると、文化とはもしかすると、その土地に暮らす人々が長いあいだ繰り返してきた、「不合理な選択」の堆積のことを指すのかもしれません。

そして、それっていうのは、以外にも戦後闇市のようなものから始まる、有象無象の人間関係から端を発したものだったのかもしれないという発見のお話でした。

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そして、ここまで書いてきて、ひとつ大きな問いが残ります。

福岡のようなリアルな街ですらそうなのだとしたら、地面そのものが日々動き続けているようなインターネットの世界で、僕らはどうやって文化を積み重ねていけばいいのか。

そこに一体何を建てれば、僕らはインターネットの中でも文化を育んで行くことができるのか。

明日は、その続きを書いてみたいと思います。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。