努力と我慢を、ほとんど同じもののように思っている人は多い気がします。
いや、もっと正確に言えば、日本では長いあいだ、我慢できることそのものが努力だと学校で教わってきた人のほうが多いのかもしれません。
朝礼で長く立たされること。寒い体育館でじっと座らされることなど、そういう我慢を、僕らはどこかで「立派さ」や「頑張り」の一部として、刷り込まれてきた気がします。
だから大人になってからも、多くの人はつい、苦しさに耐えている自分を見て、「自分はいま努力しているんだ」と思ってしまいがち。
ーーー
でも、僕は最近ますます、そのふたつはやっぱり違うよなと思うのです。
自分が我慢すれば済むことを、必死で我慢している状態そのものを、どこか尊いものだと自画自賛してしまうけれど、実際にはそうじゃない。
その違いを取り違えたままでいると、仕事も、家庭も、そして人間関係も、どこかで歪んでしまうよなあと。
今日は、そんなお話になります。
ーーー
まず、この点、我慢と努力と忍耐の三つを、ちゃんと分けて考えたほうがいいと思っています。
我慢は、変えられるかもしれない状態を、変えないまま引き受けること。
努力は、その状態を変えるために工夫すること。
忍耐は、その工夫が実るまでの時間差に耐えること。
この三つは、言葉としては近くも見えるのだけれど、向いている方向がまったく違うということですよね。
我慢は、いまある「苦しさ」をそのまま飲み込む方向に向かう。
努力は、いまある「苦しさ」の構造を見直す方向に向かう。
忍耐は、その見直しが形になるまで、あわてて投げ出さない方向に向かう。
たとえば試験勉強なら、辛くても、成果が出るまで続けることは忍耐です。そしてその成果が出るために勉強法を工夫することが、まさに努力です。
でも、効率の悪いやり方や、試験勉強をみんながしているからという理由で、大して興味もないのに「つらいから尊い」と思い込んで続ける勉強は、努力というより我慢に近い。
ーーー
本当の努力は、むしろその逆なんです。
どうすれば無理に依存しなくて済むのか。どうすれば苦しさを減らしながら、ちゃんと自分の幸福感に向かって前に進むことができるのか。
そこを考えることのほうが、ほんとうはずっと知的であり、創造的な営みなのだと思います。
ーーー
じゃあ、それでもなぜ、これほどまでに「我慢」は「努力」と取り違えられやすいのか。
ひとつは、我慢のほうが客観的に、見えやすいからだと思います。
苦しそうにしている、黙って耐えている。こういう姿は、外から見てもとてもわかりやすいです。だから「あの人は頑張っている」と評価もしやすい。
そして自分自身も「私は、我慢しながらよく頑張っている」と、自分を肯定したくなる。
そうやって、苦しんでいる自分に意味を与えたくなるのだと思います。
ーーー
一方で、ほんとうの努力の中核にある工夫は、逆に外からは非常に見えにくい場合が多い。
仕組みを変える、やり方を見直す。負荷の少ない構造に組み替える。こうしたことはものすごく地味ですし、場合によっては苦しそうにも見えない。なんなら一生懸命にハックしているようにも見えてしまう。
だからこそ、「ちゃんと苦しんでいないのに成果を出している人」に対して、どこか納得できない空気が生まれることすらあるのだと思います。
ーーー
もうひとつは、視点をガラッと変えて、我慢のほうが支配する側にとっては都合がいいから、という点も重要です。
努力を「現状を変える工夫」と定義してしまうと、個人だけでなく制度や環境の側まで見直さなければいけなくなる。
でも、努力を「黙って耐えること」にしてしまえば、仕組みはそのままでいい。
変わるべきなのは個人の気合いと根性だけ、ということになります。そのほうが、支配する側、特に経営者のような立場の側にとっては、ずっと楽なわけです。
だから多くの場合、我慢している人のほうが「ちゃんとしている人」に見えるように、優等生として扱われやすくなる。
そして、苦しさに順応できる人ほど、成熟しているようにも見なされやすい。
ーーー
でもそれは、本当に優秀や成熟とは呼べないはずです。
単に、苦痛への適応を美徳として覚えさせられてきただけの姿。
しかも厄介なのは、その構造が大抵の場合は、悪意ではなく、善意や感謝や責任感の顔をして回っていることです。
「助かったよ、本当にありがとう」という言葉のなかで、我慢できる人ほど、ますますその役割を結果的に引き受けてしまう。
ーーー
思えば、僕らは長いこと、意味を理解して動くことよりも先に、まず従える身体をつくる教育を受けてきたのかもしれません。
もちろん、集団生活には一定のルールが必要ですし、ここでその全部を否定したいわけではありません。そんなことをした瞬間に、社会が崩壊してしまう。
ただ、その経験を重ねるうちに、僕らの身体には「我慢」が深く染み込んでいった気がします。
その結果、大人になってからも多くの人は、「これは本当に必要な苦しさなのか」と立ち止まる前に、「自分の忍耐力が足りないだけではないか」と自分を責めてしまいます。
そして、そのものさしで、自分だけでなく他人まで測ってしまうのだと思います。
「あの人は楽をしている。あの人は根性がない。あの人はすぐ逃げる」そうやって、我慢の量で人を評価する世界が再生産されていく。
ーーー
さらに、この問題がほんとうに厄介なのは、自分の内面だけでは終わらないことです。
我慢はしばしば、優しさや責任感の姿をして現れてしまうから。
しんどいけれど、相手のためだから付き合う。本当は帰りたいけれど、仕事だから話を聞く。疲れているけれど、いい人でいるために隣にいる。
そういう立ち振る舞いは、一見すると美しくも見えます。でも、僕はここにかなり大きな落とし穴があるなと思っています。
良かれと思って我慢しながら他者の隣にいること自体が、じつはいちばん相手に対して失礼なことでもあるのだから、なんです。
ここに、僕自身も最近までなかなか気づけませんでした。
本人だけが我慢すればいいんだと思っていた。そしてそれは自己責任だと思っていた。
自分の目の前にそんな相手がいれば、「まあでも本人の自己責任だし、他者の課題だよね」と思っていた。だから、見て見ぬふりもしてきた。
でもそれは、本質的には我慢されている側の相手にとっても失礼だし、敬意に欠ける行為なのだと思います。
ここが今日一番伝えたいポイントでもあるし、今このブログを書いている理由でもあります。
ーーー
人は、「我慢して一緒にいてもらっている」ことを、思っている以上に感じ取ります。
表面上は穏やかでも、その場には義務感や窮屈さや自己犠牲の匂いを敏感に感じ取る。
話している内容がどれだけ正しくても、どこかに違和感が生まれてくる。
歓迎されているわけでもないし、拒絶されているわけでもない。でも、心からその場にいてくれているわけでもない。その宙吊りの空気は、案外、人を深く傷つけます。
最近、Wasei Salonで読書会を開催したキューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』を読んでもそれを本当に強く感じました。
https://wasei.salon/events/1bcffe70dfa5
ーーー
だからこそ、同じ「他者の隣にいる」でも、我慢ではない状態に変えていかないといけない。
それこそが、他者に対する敬意であり、本来のあるべき姿なのだと思います。
言い換えれば、相手に敬意を払うというのは、無理してでも付き添うことではありません。ちゃんと隣にいられる状態を、自らの努力で切り拓き整えることです。
そこにこそ、ほんとうの意味での敬意や配慮が宿るのだと思います。
またそうやって、他者への敬意のために努力をする、でもそれが巡り巡って自分のためになるという構造にハッと気づいたのです。
ーーー
最後に改めて、本当の努力とは一体何なのか。
僕はそれを、我慢のいらない状態に近づけていくための「編集作業」みたいなものだと思っています。
どうすれば無理なく続けられるか。どうすれば自分も相手も、もう少し自然な状態でいられるか。そこを考え、整え、組み替え、少しずつ現実を変えていくこと。
それは根性よりも「知性」を必要とするし、気合いよりも「観察」を必要とするし、自己犠牲よりも「勇気」を使う。
しかも、その編集は一瞬では終わらないわけです。やり方を変えても、すぐ成果が出るとも限らない。
関係の空気が変わるまでには時間がかかる。自分の身体の癖が抜けるまでにも、時間がかかる。そのときに必要になるのが、まさに「忍耐」なのだと思います。
忍耐は、意味のない苦しさをそのまま飲み込むことではない。
変化が実るまでのタイムラグを引き受けること。いまのやり方を見直しながら、それでも焦らずに続けることです。その意味では、我慢と忍耐は、やっぱり違う。
ーーー
繰り返しにはなってしまうのですが、自分さえ我慢すればいい、という話ではない。
他者の隣にいることもまた、我慢で成り立たせてはいけない。
自分も相手も、少しでも自然にそこにいられるように、状態と関係を整えていくことです。無理を重ねることではなく、無理のいらない関係へと近づいていくこと。
自分のため、ではなく、徹頭徹尾、他者のため。それが結果的に自分のためにも繋がる。利己的が利他的になるし、利他を追求するからこそ、利己も実現される。この順番。そのための不断の努力の重要性です。
その意味で、本当の努力は、いつも「我慢」の真逆の場所から始まるのだと思います。
いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。
2026/03/25 15:23
努力と我慢は違う。本当の努力は、我慢しない状況を生み出すこと。
4リアクション
このブログは
メンバー投稿記事
ですメンバー登録すると、限定記事の閲覧やメンバー同士の交流、限定イベントへの参加などができます。
4リアクション
メンバーの方はこちらからログイン
