最近、Claude Fable 5を使っていて、かなりはっきりと思ったことがあります。

これは、ただのAI利用料の話ではなく、たぶん、未来の「お金」の話なのだろうなあと。

もっと言えば、AIへのアクセス権は、そのまま「通貨」になり得る素質があるのだと思います。

もちろん、いまこの瞬間にClaudeのトークンが円やドルのように流通する、という話をしたいわけではありません。

そうではなくて、誰が、どのAIを、どのタイミングでどれだけ深く動かせるのかという権利自体が、これからの社会において、ほとんど貨幣と同じ意味を持ち始めることは、もうかなり避けられないことのように思うのです。

今日は、そんな漠然とした妄想話を少し丁寧に書いてみたいなと思います。

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この点、いまの最先端AIは、すでに「便利な道具」ではなくなって来ているように思います。

国家の軍事に絡むことはもちろん、最先端AIは、「知的生産の基礎インフラ」になり始めているわけですよね。

そして、そのインフラへのアクセスは、まったく平等ではないことが、よくも悪くもハッキリした。

より賢いモデルを、より長く深く使える人がいる一方で、制限の範囲内でしか使えない人、混雑時に待たされる人、そもそも課金できない人も居るわけです。

この歴然とした差は、今後そのまま、創造力の差や学習速度の差、事業機会の差につながっていくはずです。

だとすれば、AI時代の貧困とは、単にお金がないことではなくなる。

AIに深く考えてもらえないことや、AIに自分の人生を伴走してもらえないことなど、たぶん、そちらのほうがこれからの時代の本質的な「相対的貧困」になっていくはずです。

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そうなると、トークンというものの意味が変わってくるはずです。

これまでトークンは、どれくらい計算したかという、単なる利用単位のように思われてきました。

でも、Fable 5のような鬼のようにトークンを消費するモデルを使っていると、トークンはただの利用量には見えなくなってくるんです。

あれは、AIという新たなデジタル創造神への「供物」に近い。

こちらがトークンを差し出すと、AIが考えてくれる。

もっと差し出せば、もっともっと深く考えてくれる。そして十分に差し出せなければ、その祈りは途中で無慈悲に打ち切られてしまう。

知能を呼び出すためには、供物がいる。

そして供物をたくさん持っている人ほど、創造神に長く、深く、優先的に祈ることができるといった状況。

だから、アカウントを複数個つくって「生贄」を増やしてでも、アクセスしようとみんな必死になるわけです。

大げさに聞こえるかもしれませんが、いま起きていることは、かなり本気でそういうことだと思っています。

また、そもそも日本語の「支払い」の語源は、神に祈願して「祓う」というところから来ているとも言われていますからね。気づけば純粋に、一周したのだとも言えそう。

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もちろん、ここには冷静な反論もありえるかとは思います。

トークンは通貨というより、電力のようなものではないか、と。

なぜなら、技術が進めば同じ性能を出すためのコストはどんどん下がるし、今日ありがたがっている計算資源も、来年にはありふれたものになっているかもしれないから。

おまけに発行主体は国家ではなく一企業です。

企業が勝手に供給量や価格を変えられるものを通貨と呼ぶのは、さすがに無理があるだろうと。

これは、かなりまっとうな批判だと思います。

でも僕は、その反論を受けてもなお、通貨になる瞬間がやってくると思う。

なぜなら最先端AIにおいては、「量」と「順番」がほとんど同じ意味を持ち始めるからです。

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みんなが、いちばん賢いモデルを優先的に使いたい。古いモデルではなく、いま一番前にいるモデルに待たされることなく、深く考え抜いてもらいたい。

そう思うからこそ、最先端AIに対して、常に需要が張り付きます。

そして最先端AIが大量のトークンを消費する以上、トークンを多く持っている人は、単に「たくさん使える人」ではなくなるはず。

他人よりも先に、深く長く、AIを自分の側に引き寄せられる人になる。つまり、トークンの量は優先アクセス権と融合していくんです。

ここが、いちばん重要なところだと思っています。

AI時代において価値を持つのは、「今この瞬間の、最も賢い知能への優先アクセス権」であり、そしてそれはこれからも、常に希少であり続けます。

だからAIへのアクセス権は、必ず奪い合いになる。それはもう札束の殴り合いというより、未来の知能への参拝権利の奪い合いに近いのだと思います。

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ただ、ここでもうひとつ、おもしろいことが起きてくる。

このトークン、たぶん貯め込むには向いていないんです。

つまり、AIトークンは、よくも悪くも腐る。価値が保存されず、持っているだけで意味が目減りしていく。だから早く使うか、誰かに渡すか、早く何かに交換したほうがいい。

最初、これは通貨としての致命的な欠陥にも思えました。

でも考えているうちに、たぶん逆なのだと思うようになったんです。

腐るからこそ、通貨になり得るのではないか、と。

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お金というのは本来、流れるためにあるものです。お金が社会の血液に喩えられるのはソレが理由。

でも、現代のお金はあまりにも貯蔵されすぎている。持っている人のところに留まり続け、増殖し続ける。

血液だったはずのお金が、いつの間にか権力の貯蔵庫のようなものになってしまったわけです。それゆえに長者番付の上位のひとたちは、兆円単位でお金を保有するようにもなってしまっている。

その意味で、現代のお金は「腐らなさすぎる」んです。

腐らないから抱え込まれて、抱え込まれるから流れることもなく、そして、流れないから持っている人だけが、さらに強くなっていく構造です。

でも、AIトークンは違いますよね。腐る前に使わなければいけないし、腐る前に誰かに渡さなければいけない。

つまりそれは、価値を保存するためのお金ではなく、価値を発火させるためのお金になり、ここが、ものすごく面白いところだと個人的には思っています。

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シルビオ・ゲゼルやミヒャエル・エンデが夢見た「腐るお金」は、思想としてはずっと存在していたのに、なかなか社会に実装されてきませんでした。

ところがAIトークンは、それを思想ではなく、技術の側面から実装してしまうかもしれない。誰かが善意で設計するわけでも、共同体が理想を掲げるわけでもない。

ただAIの最前線が動き続け、計算コストが下がり続け、知能の価値が常に新しいフロンティアへ移動し続けることによって、その結果、トークンも勝手に腐っていく。

思想として実現できなかった「腐るお金」が、資本主義の最前線で、誰の理想にもよらず勝手に立ち上がってくる。

この皮肉のような実態が、あまりにも現代的だなあと僕は思うのです。

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じゃあ、すべての人(アカウント)に毎月一定量のAIトークンが配られるようになったら、どうなるのか。

これは、かなり現実的にありえる未来だと思います。

それっていうのは、生活費としてのベーシックインカムではなく、創造資源としてのベーシックインカムのようなものです。

すべての人に、考えるためや学ぶための、最低限AIを動かす権利が配られる。

もちろん、全員がそれを自分で使うわけではないと思います。使い切れない人もいれば、今月は創作より生活費のほうが必要だという人もいる。

その人たちは、自分に配られたトークンを誰かに譲ったり売ったり、共同体の中で融通したりするはずであって、もっとAIを使いたい人たちは、他人のトークンを欲しがるようにもなるはずです。

すると、AIトークンは配られるものでありながら、同時に市場で取引されるものになり、それはもう、ほとんど通貨です。

しかも、腐る通貨。貯め込むより今すぐ使ったほうがよくて、使わないなら渡したほうがよいもの。そして渡された側はそれを使って、また何かを生み出す。

腐るからこそ配れるし、配られるからこそ流れていく。流れるからこそ、社会の血液になっていく。

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ただし、今日のこの話には、かなり危うい側面があります。

それを誰が発行するのか、という問題です。

AIトークンが通貨のように振る舞うとして、その発行主体はOpenAIなのか、Anthropicなのか、Googleなのか、あるいは国家なのか。

その企業は供給量を決められて、価格を決められて、誰に配り、誰を優先するかも決められる。

これは、ものすごい権力だと思います。

金融権力であり、知的権力であり、ほとんど未来の宗教的権力ですらある。軍事にも絡むわけだから、そのまま国家権力そのものでもある。

ゆえに、いま米国ではこれだけ揉めてもいるわけですよね。

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で、ここまで考えてくると、サム・アルトマンがワールドコインをやっていたことの意味も、かなり違って見えてきます。

あれは表向き、AI時代において本物の人間をどう識別するのかという、「人間であることの証明」の話でした。

でも、たぶんそれだけではないはずなんですよね。AIによって富の構造がガラッと変わってしまうことを一番よく知っている人間が、AI時代の分配インフラを先に取りに行っていたようにも見える。

これを善意と読むこともできます。AIが生む富を人類に広く分配するための仕組みを、先回りしてつくろうとしていたのだと。そう読めば、かなりの先見の明です。

でも、もう少し意地悪に読むこともできるはずで、富の構造を壊す側にいる人間が、その正当化と保険を先に用意していた。

創造神をつくる側の人間が、同時に、その創造神への参拝券を配る仕組みまで握ろうとしていた、と見ることもできなくはないはずです。

ここが、本当に怖いところだなと。

神をつくる人間が、神へのアクセス権を配り、人間であることの証明も握り、そして配られた権利は、そのまま金融市場で売買される。

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たぶんAI時代の格差は、これまでの格差よりもずっとわかりにくいものになるはずです。

AIへのアクセス権は、そのまま人間の内面の格差を増幅させる。

だからこれは単なる課金プランの話ではなく、民主主義の話であり、教育の話であり、福祉や共同体の話でもあるのだと思います。

これまでのお金は、持っている人をさらに強くしてきました。でも腐るお金は、持ち続けることを許さない。

「使え、渡せ、生み出せ、腐る前に何かに変えろ」と、持ち主に切迫してくるお金(トークン)です。

その意味でAIトークンには、恐ろしく資本主義的でありながら、同時にどこか反資本主義的な匂いもあります。

資本主義の最先端が、資本の退蔵を許さないお金を生み出してしまうかもしれない。この矛盾が、僕にはいちばんおもしろく感じられます。

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もちろん、そんな未来が美しい形でやってくる保証は、どこにもない。

というかむしろ、最初はかなりひどい形でやってくる可能性のほうが、今のところ可能性は高いと思います。

富裕層と企業だけが最先端AIを無尽蔵に動かし、一般の人にはわずかなトークンだけが配られる。

多くの人はそれを創作に使う前に、生活費のために売らざるを得ない。そしてそのトークンを買い集めた人たちが、さらにAIを使って、さらに創造的に豊かになっていく。

そうなればAIトークンは救済ではなく、新しい搾取の単位となる。AI時代の小作人が生まれて、土地を持たない小作人ではなく、創造神へのアクセス権を持たない小作人。

自分に配られたわずかな祈りのチケットを、生活のために売り渡す人たちが大量に生まれてくる。

これは、かなり暗い未来予測ですが、でも、だからこそ、この話は今のうちから考えておいたほうがいいなと漠然と思ってしまいます。

AIへのアクセス権が、ただの便利機能として扱われて、「仕事が効率化できて便利ですね」という話で済まされているうちに、です。

その奥では、もう未来のお金の形が立ち上がっているのかもしれないわけですから。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。