昨日、Podcast番組『お金と人のないしょ話』の収録があり、出演者のF太さんから「3.11を辞める言い訳にしたひと」の話を聞きました。

詳しい内容は、ぜひ本編が公開されたタイミングで実際に聴いてみてください。

https://twitter.com/audiobook_jp/status/1241945363319107585

今日は、この話を聞いて思ったことを少しだけ書いてみようと思います。

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僕らは、「これからの暮らしを考える」というテーマで、「灯台もと暮らし」というウェブメディアを運営しています。

そのなかで、様々な方々のインタビューをさせてもらっていて、「今の暮らしを始めたきっかけ」を伺うと、「3.11がきっかけでした」と答える方が非常に多いです。

でも、彼らが本当に3.11に遭遇して、何か発想がガラッと変わってしまったのかと言えば、きっとそうではないように感じます。

もともとずっと彼らの中にあった、

「こうしたい…!」

「本当にこれでいいのか…?」

といったモヤモヤが、たまたま3.11を契機(言い訳)にして、顕在化しただけなのだろうなあと。


だからこそ、同じ出来事を受けても、何事もなかったのようにそれまでの暮らしと全く変わらないひともいれば、大きく変わってしまうひともいるわけですよね。

つまり、大きな社会的な変化が起きて、それに触発されて価値観が180度変わったというわけではなく、もともとその人の中にあった考えや思想が発露する言い訳として、社会的な大きな出来事があったという構造だと言えるのでしょう。

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そして、こういう話になると、僕がいつも思い出すのは、戦時中の「全体主義」の話。

どうしても僕らは、当時の優れた最悪の指導者のもと、国民が誤った方向に導かれたのだと思ってしまいがちです。

そうやって誰かを悪者にして、歴史的な誤りを振り返ってしまいます。

でも実際は、「100分de名著」などを通して当時の話を見たり聞いたりしていると、その真逆で、もともと国民一人ひとりの心の中にあったものが、表層化しただけなのだと知ることができます。

それがたまたまヒトラーのような存在を、ある意味の象徴として置いて(言い訳として使って)、表層化させだけなのだろうなあと。


たとえヒトラーがいなかったとしても、また別のヒトラーのような存在が象徴(言い訳)として置かれ、同じようなことは起きていたはずです。

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この戦時中の全体主義の例は、もちろんネガティブな例ですが、ポジティブなことにだって全く同じことが言えると思います。

僕らは、なにか社会的な出来事を言い訳にして、自分の行動を変えることはダサいと思ってしまいがち…。(流されているだけのように思えてしまうから)

でも、ずっと心の中で思っていたことや、引っかかっていたことを、この社会的な大きな変革を言い訳にして、一気に変えてしまう、またとないチャンスなのかもしれません。

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だからこそ、今回の騒動も大いに何かをはじめる言い訳、辞める言い訳のために使いましょう。

今まで自分がはじめたいと思っていたこと、辞めたいと思っていたことにチャレンジする、これ以上ないくらいのチャンスなのだと僕は思います。

たぶん、次にこのような大きなチャンスが訪れるのは、早くても10年後。

もしかしたら、これからの社会に与える悪影響の大きさを考えれば、100年に1度しかないチャンスとも言えるのかもしれません。

今は深く深く自分の中に潜りつつ、そこで見つけた何かキラリと輝くものを見つけ、それを手に数ヶ月後、高く高く飛び立つことができると良いのでしょうね。

参照:



今日のお話が、いつもこのブログを読んでくださっている方々にとっても何かしらの参考になったら幸いです。