昨日、Xにこんな投稿をしました。


木村拓哉の逸話は、コスパやタイパの対極にあるものばかりだなと、いつも思います。そしてだからこそ、これだけ長く圧倒的な人気を誇っているのも深く納得できる、という話です。

たとえば、ジブリの鈴木敏夫さんと山田洋次監督の対談の中で語られていた、『ハウルの動く城』のアフレコ。アニメだから台本を見ながら収録してもまったく問題ないのに、木村拓哉は台本をすべて覚えて現場に来たそうです。

映画『武士の一分』では、自分が一切映らない場面であっても、ちゃんとその場にいて、相手役の演技を支えていたといいます。

効率だけを考えれば、そこまでやる必要はまったくない。むしろ「そこまでしなくてもいいでしょう」と言われるようなことばかりです。

ありがたいことに、この投稿は思いがけず多くの方に読んでもらえました。

でも、投稿したあとの反響から僕がずっと考えていたのは、少し別のことです。

なぜこの話は、こんなにも多くのひとに響くのか、ということ。

僕らが生きているのは、コスパとタイパの時代です。効率よく、無駄なく、最短距離が一番いい。そういう価値観が支配的な時代において、その対極にいる人が、これほどまでに支持されている。

よくよく考えると、これはかなり不思議なことだよなあと思うのです。

「昔の人は違うから」「懐かしいから」という説明では、たぶん足りないはず。それなら、キムタクを同時代のスターとして知らない世代にまで響いている理由が、まったく説明できないからです。

ーーー

そんなことをモヤモヤと考えていた時、Wasei SalonメンバーでもあるRyotaroさんが、『ドン・キホーテ』の感想をSubstackに書いてくれました。

Ryotaroのテントピ!(2026.7.28-8.8)

僕が最近『ドン・キホーテ』を読んで、あれこれと書いていたことがきっかけで、Ryotaroさんも実際にオーディオブックで聴いてくれたようです。

古典を読むというのは、一冊読んで終わることではなく、こうやって何度も読み直されていくことだと思いますし、それをコミュニティ内で行えていることの、ありがたさたるや、です。

で、僕が少し前に書いたブログでは、ドン・キホーテとサンチョ・パンサの関係に注目して、偏った者同士が、偏ったまま一緒に生きられる場所のほうが大切なのではないか、という話をしました。

山の頂上を目指す正しさから、谷のような偏りが集う調和へ。

でも今回、Ryotaroさんの感想を読みながら考えていたのは、また別のことなんです。

ーーー

この点、『ドン・キホーテ』は、よく「時代遅れの騎士道に取り憑かれた男の物語」と紹介されます。

でも正確に言うと、少し違うんですよね。

あの物語の舞台は、騎士という存在が、すでに現実から退場してしまった世界です。騎士などはもう、どこにも存在していない。

残っているのは、騎士道物語という「物語」だけ。

そんな世界で、たったひとり、その物語に惚れ込んでしまい、その物語に描かれている世界をもう一度「現実に生き直そう」としてしまった男の話なんです。

だからこそ、世間から笑われる。風車に突撃すれば滑稽だし、宿屋を城だと言い張れば馬鹿にされてしまう。当然のことです。

騎士なんて、もうどこにもいないんですから。まさに、「時代遅れ(笑)」。

ところが、ここで不思議なことが起きます。

ドン・キホーテの物語を読み進めていくうちに、彼のことを、だんだん笑えなくなってくるんです。

弱い者を助けようとすることや、信じた約束を守り抜こうとすること。自分が正しいと思ったことに、最後まで筋を通そうとすることなど、「騎士であること」は完全に時代遅れなのに、「騎士道を生きること」は、なぜか少しずつ格好よく見えてくる不思議。

ーーー

この反転の仕組みを考えていくと、ひとつの仮説にたどり着くなあと思います。

騎士道や武士道のような「道」というものは、その職業が滅びたあとに生まれるのではないか、ということです。

歴史的には、もちろんそんなに単純な話ではないと思います。ただ、大きな順番として、最初、その生き方には実用的な機能があります。騎士は戦うし、武士は武道の技術を用いて統治をする。

この段階では、それは倫理でも美学でもなく、日々の職務です。

でも、やがて社会の構造がテクノロジーなどで大きく変わり、その機能が不要になります。

このとき、古いやり方に固執する人は「時代遅れ(笑)」と、思う存分笑われることになる。

ーーー

ところが、さらに時間が経つと、その生き方に含まれていた勇気や忠義や責任や矜持のようなものだけが抽象化されて、「道」として再発見されるんです。

実際、武士道がまさにそうでしたよね。

新渡戸稲造の『武士道』が書かれたのは、1900年。廃刀令や西南戦争からも、20年以上が経ったあとです。しかも最初は、日本語ですらなく、英語で書かれました。

つまり「武士道」という書物は、武士が滅んでから生まれている。でも日本人の中には武士道精神が「宗教」のようにして残っていた。

だからこそ、新渡戸はそれを海外に伝えるために、わざわざ英語で『武士道』を書いたわけです。

ーーー

みんなが武士で、武士であることで食えていた時代に武士として振る舞うことは、ある意味でただの職務遂行でした。

でも、刀を差すことに何の経済合理性もなくなり、「そんなもの、捨てればいいじゃないか」と言われる時代になって、それでもなお何を残すのかを選び始めた瞬間。そこで初めて、「武士であること」と「武士道を生きること」が分離したんだと思います。

西郷隆盛と大久保利通の対比なんかも、たぶんここに関わってきます。

同じ薩摩藩出身で時代を前に進めた大久保と、時代が置き去りにした価値を見事に体現してしまった西郷。どちらが上という話ではなく、後世に残る「格好よさ」の種類が違うんです。

大久保は新しい時代をつくった人として残り、どこか狡猾なイメージがずっとつきまとい、一方で、西郷は、新しい時代に敗北したからこそ、その生き方そのものが唯一無二の「物語」や「伝説」となった。

ーーー

で、ここでようやく冒頭の話に戻ってきます。

木村拓哉は、昭和から平成にかけての「テレビスター」という職業の、最後の生き残りなのだと思います。

月9を、翌朝みんなが話題にしていた時代、そんなテレビが圧倒的なマスメディアだった頃、「スターとしてどう振る舞うか」は職業上の実践そのものでした。

台本を全部覚えたり、自分が映らなくても現場にいたりして、人に見られていないところでも、「スターである自分」を崩さない姿勢。

そういう、言葉にしづらい無数の所作の積み重ねの上に、「スター」という存在がつくられていた。

ーーー

でも、時代は令和になり、その制度はもう完全に衰退しています。メディアは細分化され、誰もが同じものを観る時代ではなくなった。

YouTubeとSNSとAIの時代に、あの振る舞いは、どんどん費用対効果の悪いものに見えてくるわけですよね。

「台本なんて、見ながらやればいいじゃん」
「自分が映らないなら、はやく帰ればいいじゃん」

それは完全に正しい。合理的に考えれば、ぐうの音も出ないほど正しいんです。時代のコスパタイパ重視の価値観や変化に合わせれば、そうしないことがあまりにも滑稽に思えるほどです。

ーーー

それでも、木村拓哉は、ちゃんとキムタクを続けている。

ただし、木村拓哉は、決してドン・キホーテではないということです。

ドン・キホーテは、滅びた世界そのものに戻ろうとしました。だから、滑稽になった。

でも、木村拓哉は違います。InstagramもやるしYouTubeなどにも出ていて、現代のメディア環境には、むしろごく普通に適応している。

彼が手放していないのは、形式ではなく、むしろ倫理のほう。

テレビスターという職業の中に埋め込まれていた、「スターとはこうあるべきだ」という職業倫理。

制度が滅びていくなかで、それだけを静かに保存して生きているからこそ、未だに僕らに響くものがあるのだろうなあと。

ーーー

しかも、冒頭の逸話の舞台となった作品のタイトルが『武士の一分』だったことまで含めて、なんとも出来すぎた話だなあと感じてしまう。

「一分」とは、誰にも評価されなくても、守りたいもの。損をしてでも譲れないもの。

「別にそこまでしなくてもいいでしょう」と言われても、自分としてはそこを雑に扱いたくはない、と思うものこそが、その人の「一分」となるわけですから。

ーーー

ここまで考えてくると、僕が冒頭で書いた「現代人がコスパやタイパの名のもとに少しずつ手放してしまったもの」の正体も、はっきりしてきます。

あれは古い時代の「無駄」ではなく、古い職業の中に埋め込まれていた「倫理」であり、彼の「一分」だったんだろうなあと。

そして、「道」と名のつくものは、たぶん全部この構造でできている、それが今日僕が一番強く主張したいことです。

お茶を飲むだけなら、茶道はいらないし、花を生けるだけなら、華道は必要ない。

目的の達成だけを考えれば、そこに含まれる型や精神性は、ぜんぶ余計なものなんです。でも、その「余計なもの」の中にこそ、人間が長い時間をかけて育ててきた倫理や美意識が宿っているし、宿ってしまっている。

そう考えると、「道」とは、「非合理の保存装置」そのものなのかもしれません。

ーーー

そして、ここからのAI時代、僕らにもまったく同じことが起きてくるわけです。

日本で「サラリーマン」、世界で「ホワイトカラー」と呼ばれてきた職業に、まったく同じことが起きるのは、すでに明々白々。

そのとき僕らも、選ぶことになるわけですよね。一体何を手放して、何を残すのか、を。

そのときに、古いやり方を捨てることと、その古いやり方の中に宿っていた倫理まで捨ててしまうことは、まったく違います。

「これは便利になったから、もういらない」と、「これは便利になっても、僕は手放したくない」を、一緒くたにしてはいけないということです。

そして、そこをちゃんと分けて、手放さずにいる人の生き方は、何十年か後に「サラリーマン道」と呼ばれることになるのかもしれません。

冗談みたいな響きですが、僕は割と本気でそう思っています。武士道だって、当の武士たちが生きていた時代には、まだそう呼ばれていなかったんですから。

ーーー

ただ、ここまで書きながら気づいたのですが、これは「サラリーマン道」というより、もう少し広い話なのかもしれないなあと。

僕は昭和の終わりに生まれて、人生の大部分を「平成」という時代の中で過ごしてきました。

普通に学校に通い、インターネットが普及していく様子を見て、SNSが社会を大きく変えていく過程も経験してきた。

そして今、そこに突如としてAIがやってきた。

これから、僕らが平成という時代に「仕事」だと思っていたもののかなりの部分は、驚くほど簡単にAIへ渡っていくのだと思います。それ自体は、本当に素晴らしいことです。

でも、平成という時代の中で身につけてきた気概や誇りまで、全部まとめて過去にしてしまう必要はないはず。

武士の一分ならぬ、「平成人の一分」。

そんなものを、そろそろ考え始めてもいい時期なのかもしれないなあと。というか、その精神性や倫理の受け継ぎ方こそが、僕らの世代に任されたひとつの責務なんだろうなあと感じます。

言い換えると、そこに「道」としての橋をかけること。それこそがこの狭間の時代に生まれてしまった責務でもあり、ギフトでもある。

ーーー

前回のドン・キホーテを紹介したブログの中で、僕は「AIがバランスの取れた存在になれるのなら、人間までバランスの取れた完成形を目指す必要はないのではないか」と書きました。

今回の結論は、まさにその続きであって、AIが徹底的に合理的な存在になってくれるのなら、人間まで、自分の中の非合理をすべて捨てる必要はないのではないか、ということです。

「そこまでやる必要ある?」と言われても、やってしまう。「誰も見てないよ」と言われても、ちゃんとやる。「そんなの、もう古いよ」と言われても、どうしても捨てられないもの。

そういう偏りや過剰さの中にこそ、その人の「一分」が宿っているはずだから。

ーーー

歴史を外側から逆方向で眺めている僕らは、「合理性なんか捨てて、最後まで己の道を貫いた人」を、簡単に格好いいと言ってしまうことができます。

西郷隆盛は格好いい。ドン・キホーテは愛おしい。木村拓哉は唯一無二だ、と。

でも、当の本人たちが生きていた時代では、「まだそんなことやってるんですか」と思う存分笑われる時間のほうだったはず。

彼らは、自分が「歴史」になるなんて思っていなかったと思います。

ただ目の前の変化の中で「これは手放す、でもこれは決して手放さない」と自分の信念に従って選び続けていただけなのだと思います。

そして今度は、僕らがその場所に立たされる番なんです。いま既に社会人であれば、この話が無関係なひとは、誰ひとりとして存在しない。

「AIを使えば一瞬なのに、なんでまだそんなことやってるんですか?」

そう笑われたとき、それでもその「倫理」を貫き通すことができるかどうか。

ーーー

僕自身のことで言えば、このブログがまさにそうです。13年間、毎日書き続けてきましたが、「それ、AIで書けばよくないですか」と言われる機会は、これから間違いなく増えていきます。というより、もう増え始めている。

正直に言えば、笑われるのは怖い。

時代の波にうまく乗って、大久保利通のように狡猾にやり過ごすほうが、ずっとこの今の時代を生きやすいことも分かっています。

それでも、「時代遅れ(笑)」「まだそんなことやり続けているの?」と笑われ始めたときから、本当の勝負が始まるのだ、と。

笑われているその瞬間こそが、ただの仕事や職務が、人間の生き様であり、「道」に変わり始めている瞬間なのかもしれないわけですから。

ーーー

『ドン・キホーテ』は、決して「古い時代にしがみつけ」という物語ではないはずです。

新しい時代が来たときに、何を喜んで手放し、何だけは笑われても手放さないのか。400年前からそれを問いかけてきてくれる、生きるための最高の指南書なのだと思います。

自分にとって「さっさとAIにやらせればいいのに」と笑われても、手放したくない「一分」とは何か。

その一分が「道」になるかどうかは、残念ながら自分では決めらない。それを決めるのは、たぶん後の時代です。

僕らにできるのは、笑われながらも、自分の「一分」を選び続けることだけ。

僕は、この問いを、これからの人生の中で、きっと何度も何度も繰り返し自分自身に問い続けることになるのだろうなあと思ったので、今日のブログにも丁寧に書き残しておきました。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。