先日のブログで、「文化とは、その土地の人々が長いあいだ繰り返してきた不合理な選択の堆積なのかもしれない」という話を書きました。

今日はその続きです。


リアルな街の文化ですら、合理化の川に流されかけているのが現代です。

だとしたら、地面そのものが動き続けていると言えるようなインターネットの上で、僕らはどうやって文化を積み重ねていけばいいのか。

この問いを考えるうえで、最所あさみさんとのVoicy対談・プレミアム放送に出てきた「木崎夏期大学」の話が、僕はずっと頭から離れずにいます。


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木崎夏期大学は、長野県大町市の木崎湖のほとりで、大正時代から100年以上続いている市民大学だそうです。

毎回100人から150人ほどが集まり、最終日にはちゃんと閉講式があって、全日程に参加した人には皆勤賞の賞状が授与される。

戦時中でさえ、期間を短縮しながら、一度も休まなかったそうです。

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で、これは現代のマーケティングの視点から見れば、「最適化すべきポイント」だらけだなと思いながら話を聴いていました。

オンライン配信をして、申し込みフォームなんかもちゃんとつくって、SNSを運用して、切り抜き動画を流せば、もっとたくさんの人に届けられるに決まってます。

でも、対談で話しながら僕らがだんだん気づいていったのは、それを全部やった瞬間に、木崎夏期大学は木崎夏期大学ではなくなってしまうかもしれない、ということでした。

最所さんいわく、いまアメリカのマーケティングのトレンドは、猫も杓子もストーリーテリングとオーセンティシティなのだそうです。

そして、100年間休まずに続いてきた夏の学校ほど、強いストーリーはほかにはない。

これだけは、AIでどうこうできる類いの話ではないんですよね。

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ひるがえって、インターネットの世界です。

僕はこの15年以上ずっと、インターネットの上に一生懸命「建物」を建ててきたつもりです。

最初は個人のブログを書き、SNSのアカウントを育て、そこから法人としてオウンドメディアやオンラインコミュニティをつくり、音声配信も続け、読者やメンバーさんたちとの関係を積み重ねてきた。

それは、自分では、それなりに「家」を建てているつもりでもありました。

でも最所さんとの対談の中でこの話になったとき、これってずっと茅葺屋根の掘っ立て小屋みたいな印象を受けてしまいました。

そう、僕らがインターネットに建ててきたものは、どれだけ立派に見えても、ほとんど全部が掘っ立て小屋だった。

なぜなら、すぐに大きな「波」にさらわれてしまうから。ネットの波の影響を受けずにはいられないからです。

TwitterはXになり、アルゴリズムは何度も変わって、検索流入はある日突然消え去り、サービスそのものが終了する。

フォロワーには急に届かなくなり、人々は別のSNSへとうつっていく。

ようやく地盤が固まるのかなと思いきや、今度はAIが出てきて、「これからはAIシフトだ」と、また全部が見事に剥がされて、全部がズレていく。

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リアルな土地であれば、街を動かす大きな力は、基本的には地価と資本です。

でもインターネットには、資本に加えて、さらに影響力も、フォロワー数も、アルゴリズムも、新しいテクノロジーなんかも、全部が同時に押し寄せてくる。

そしてそれらが「土地の価格」を毎日のように変えていってしまう。そのスピードの速さは、リアル空間の比じゃないわけですよね。

昨日まで一等地だった検索結果の1ページ目が、AI検索の登場で、まるごと水没してしまうような感覚。

だからこそ、これはもう、土地というより、河川敷に街をつくっているようなものなんです。

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それゆえに、僕らは、日々波乗りをし続けるしかなくなる。実際いまのネット上では、それが正攻法になってしまっています。

最初から、すぐにぶっ壊れる前提で、波乗りする個人や企業が完全なるネット上の勝者になってしまう。

流される前提で動けばそりゃ強いに決まっているし、そうやって開き直るひとなんかも多いです。

「早く動けば動くほど、利が生まれる」という意味で、この構造は資本主義ととても相性がいいわけです。

でも、定住できない場所には土地の記憶が紐付かないから、昨日書いたような九州文化や、資本主義の外側にある街の豊かさが、いつまで経っても生まれてこない。

このジレンマこそ、僕自身がインターネットを主戦場にしてきた中で感じ続けてきた課題です。

どうやってインターネットの波に流されずに、ネット上でも本当の文化を耕せるのか、と。

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ただ、ここで単純なインターネット批判をしたいわけではありません。

そもそもインターネットの素晴らしさは、人間を土地から「剥がした」ことにあったはずだからです。

地元の共同体が息苦しければ、別の場所に居場所を探せて、学校や職場に馴染めなくても、自分と価値観の近い人と出会えるのがインターネットの最大の魅力です。

土地、血縁、会社、学校などなど、僕らを縛ってきたあらゆるものから、インターネットは人間を剥がしてくれました。

函館の片隅で育った僕自身、その恩恵をいちばん受けてきた人間のひとりだと思っています。

インターネットは、良くも悪くも、そこを全部剥がして、平らにならしてくれた。

ただ、対談の中でも僕は「剥がしたこと自体には大きな意味があった。でも、剥がしすぎたんだと思う。一回剥がしたあとに、どう戻っていくか。その戻り方が、いまいちばん大事なんだと思う」という話をしました。

まさにいつも語るような「裏の裏」のような発想です。

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で、そのヒントになりそうなのが、対談で最所さんが言っていたオンラインへの「みんなのうっすらとした信用ならなさ」の正体だと思います。

それは、すぐデリートできること。やめることに、コストがほとんどかからないこと。

一方で、ローカルに建ててしまった建物はデリートできません。建ててしまった以上、何年かはやらないとね、やめるなら次の使いみちも考えないとね、という制約が生まれる。

だから地方で何かを始めたければ「まず家を買え、次に墓を買え、子どもを地域の学校に通わせろ」と言われるわけです。

そこに「私はここに居続けます」という覚悟が、物理的なかたちで否応なく表れるからです。

でも、オンラインには、この「覚悟の表し方」が圧倒的に少ない。

そしてAIが最小化してしまう「退出コスト」の話なんかにも見事に通じる。

参照:今日も、あなたとの関係を解除しなかった。

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では、退出コストが究極まで下がった世界で、それでも残るものは何か。

ここでの最所さんの答えが、痺れるほど良かったんです。

「嫌いになってからが、始まりじゃないですか。人間関係って」

結婚は、相手を世界一嫌いになってからが本番なんだと。友情も同じでライフステージが変わって、なんとなく疎遠になって、気まずくなる時期が必ずある。

それでも切らなかったからこそ5年後、10年後に、その関係がもう一度意味を持つことがあるわけですよね。

以前、「やめてもいいのに、やめなかった年月だけが、信頼になる。」 というブログを書きましたが、まさにあの話です。

文化とは、好きで集まった人たちがその熱狂でつくるものではなく、熱狂が消え去っても、それでも離れなかった人たちこそが、つくるものなのかもしれません。

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じゃあ、僕らは一体どうすればいいのか。

「流されない基盤をつくろう」と言うと、変化を拒絶する保守的な話に聞こえるかもしれません。

ネットをやめよう、AIから距離を取ろう、昔に戻ろう、と。

でも、そういう話ではないと思うんです。

川は、流れていていい。むしろ、流れない川は必ず澱み、腐ってしまいます。

新しいテクノロジーも使えばいいし、AIなんて僕はこれ以上ないくらい毎日使い倒しています。

問題は、川が増水するたびに、家ごと、家族ごと、全部流されてしまうことのほうです。

だから必要なのは、「防水」ではなく、「治水」なんだろうなと。

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治水とは、川をなくすことではない。水を敵とみなして、完全に締め出すことでもないはずです。

川がそこに流れることを前提に、堤防を築き、遊水地をつくり、家を建てる場所を選ぶこと。

つまり、流れていいものと、流してはいけないものをちゃんとしっかり区別することです。

アルゴリズムは変わっていい。ツールも、発信のかたちも、プラットフォームも変わっていい。

でも、誰と付き合い続けるのか。毎年、何を繰り返すのか。誰との関係だけは、数字で判断しないのか。

そこまで一緒に、流してしまってはいけないということです。

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建物の上物は、変わっていい。でも、地中深くに打ち込んだ杭だけは、決して動かさない、その矜持の示し方こそ問題となる。

じゃあ、僕にとっての杭はなんだろうと考えると、たぶん、13年間毎日書き続けてきたこのブログです。

この13年のあいだに、プラットフォームも、読まれ方も、流入経路も、全部が変わりました。その意味で、建物は何度も流されてきた。

それでも「毎日書いて、ここへ戻ってくる」という反復だけは、一度も動かさなかった。

いま振り返ると、その繰り返しこそが、僕にとっての杭だったんだなあと。

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僕がWasei Salonを続けているのも、まったく同じ理由です。

オープンなインターネットの世界でどれだけ大きな波が来ても、ここだけは結界を張った別世のように、文化を守り続ける場所。

8年やってきて、自分では「コミュニティ運営」をしてきたつもりでした。でも本当は、インターネットという洪水のどこに、どうやって杭を打てば流されない地盤ができるのかを、8年間ずっと実験してきたのかもしれません。

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そう考えると、最所さんが教えてくれた木崎夏期大学の本体が何だったのかも、見えてきます。

僕らは現代の文化を、「コンテンツ」だと思いすぎているのかもしれないなあと。良い講義や良い文章、そしておもしろい動画や感動する作品こそが、コンテンツだと。

でも、木崎夏期大学の魅力を講義内容の品質だけで説明しようとすると、いちばん大事な何かがこぼれ落ちます。

それは、毎年、同じ季節に開かれるとか、同じ湖のほとりへ行くとか、同じことを繰り返してきた回数そのものが、価値になっているということなんです。

最所さんはあの場所を「文系のフジロック」と呼んでいましたが、フジロックだって同じですよね。毎年あの山へ帰っていくという反復こそが本体で、タイムテーブルや出演アーティストは上物にすぎない。

コンテンツはいくらでもコピーできます。でも、繰り返し反復した時間だけは、決してコピーすることはできない。

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AIによって、たぶん、これまでで、いちばん大きな波がこれからネット上を襲います。

働き方も、情報発信も、人々がつながるコミュニティでさえも、ものすごい速度で変わっていくはずです。

そのとき、変化についていくことだけを考えていたら、僕らはおそらく永遠に流され続けてしまう。

建てては流され、また建てては流され、という無限連鎖です。

だからいま必要なのは、「何を変えるか」ではなく「何を変えないか」を先に決めること。

そして、いかにそれを淀みなく、繰り返すか。

まさに、 ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、です。

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冒頭でご紹介した福岡の話も、結局は同じことだと思っています。

先輩が後輩を店へ連れて行き、奢られた若者がいつか次の若者を連れて行き、「あの人の店だから」と選び続ける。

あれは、街の文化を流されないようにするための、人間たちの治水工事だったんですよね。

土地や義理、贈与や序列、祭りや行きつけの店など、近代化とインターネットの側から見れば、「面倒くさいもの」ばかりです。

でも、その面倒くさいものこそが、人間コミュニティの杭だった。

インターネットに、石造りの城を建てることは、たぶんこの先もできない。地面そのものが、ずっと高速に動き続けていくからです。

だから必要なのは、もっと頑丈な建物ではなく、流されることを前提に、それでも残したいものを、地中深くまで「文化」の形で打ち込んでおくこと。

新しい波が来るたびにすべてを捨てて逃げるのではなく、その場所へもう一度、戻ってこられるように型として残していくこと。

災害が多い国として、日本の文化とは、そうやって何度も復興されてきたものなのかもしれないなあと思っています。

今日のお話がいつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、何かしらの参考となっていたら幸いです。