映画にもなった宮沢賢治の父を主人公にした小説『銀河鉄道の父』を書かれた、門井慶喜さんの新刊『札幌誕生』を聴いていて、ふいに耳に入ってきた一文に、なんだか一気に心が持っていかれました。

https://wasei.salon/books/9784309039480?show_latest_user=true

アイヌ民族と和人、そして自らのアイデンティティと自然の関係性について。

今日はそんなお話を書いてみたいなと思います。

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まず、この本は、日本人(和人)がいかにして北海道を開拓し、札幌という街をつくりだしたのかが描かれている作品です。

舞台は幕末ぐらいから明治時代にかけて。

つまり、アイヌが侵略される歴史を裏側から描いた作品でもある。

で、そんな中、とあるアイヌの少女が、和人たちのつくる田んぼを見て「農作を、工作だ」と感じるシーンが描かれてあります。

きれいに整えられた土地と、そこに均等に並んで伸びていく青い稲をみながら、怯えているようなシーンです。

ここに僕はなんだかものすごくハッとしました。

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現代を生きる僕ら日本人からすれば、田園風景はどこか懐かしくて、むしろ「日本の原風景」と呼びたくなるような光景だと思います。

けれど、アイヌの少女には、それが自然の風景には見えなかったと描かれてある。むしろ、ひどく人工的で、不気味なものに見えたのだと。

なんだかこの表現には頭をガツンと殴られたような気持ちになりました。

僕はこれまで、稲作というものをかなり無邪気に「自然寄り」のものだと思っていた。

いや、もちろん人工物ではある、そんなことはわかっています。

だけれども、それでも工場やコンクリートや巨大なビルと比べれば、ずっと自然に近いと思っていた。

だから勝手に、弥生時代以降、人間と自然がうまく折り合いをつけてきた「里山風景」としてのまもるべき自然なのだと、勝手に思い込んでいたわけです。

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でも、狩猟採集民族のアイヌの側から見れば、話はまるで違ってくるわけですよね。それがたった100年〜200年前の話。

均等に植えられた植物や区画整理された土地は、たしかに言われてみれば、あれほど人工的なものもない。

農作というより、工作と呼びたくなる気持ちもよく分かります。

自然に働きかけるというより、大地そのものを人間の都合に合わせて作り替えていく行為に見えてしまうはずですから。

田んぼは、最初から自然だったわけではない。

誰かにとっては、明らかに異物だったはずで。そこには暴力性もあったし、恐怖もあったはずだし、「こんなものをこの大地に広げるのか」という違和感も強烈にあったはず。

でも、その違和感ごと時間の中に沈んでいって、いまの僕らはそれを「原風景」として眺めている。

ここに、かなり大きな転倒があるように思います。

僕らはよく、自然と人工を対立するものとして考える。自然は自然、人工は人工だと。

でも実際には、その境界線は、そこまで確かなものではないということです。

自然とは、最初から自然だったものではなく、あとから自然になった「人工物」のことなのではないか。

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で、そう考えているうちに、現代のAIもまさにそうなるんだろうなと。

いま僕らは、AIのことをかなり強烈に「人工物の極み」として見ているはず。

便利だと思うことも多いし、実際に助けられている場面もあるけれど、それでもなお、どこかで「これはまだ不自然なものだ」という感覚が残っている。

でも、その違和感もまた、田んぼを見た少女の怯えとまったく無関係ではないのかもしれないと思いました。

もちろん、だから「AIもいずれ自然になる」と書きたいわけでもない。

むしろ、そう言ってしまうことにこそに、今回の問いの一番重要な点がはらんでいると思うから。

つまり、時間が経てば自然になる、という話ではない。

そんなふうに言ってしまうと、和人たちが北海道の大地を耕しながら、いずれこの風景が当たり前になると信じていたこととも、どこかで重なってしまいます。

そうではなくて、ここで僕が本当に考えてみたいのは、いま自分が抱いている違和感の意味ですら、あとからいくらでも書き換わってしまうかもしれない、ということなんです。

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過去は固定されているようでいて、現在からの読み直しによって、あとから意味がいくらでも書き換わり続けているということ。東浩紀さんの訂正可能性みたいな話です。

で、この話が、田んぼとAIはどこかで繋がっているように思うのです。

あのときは人工に見えたものが、のちには自然に見えるようになる。逆に、自然だと思っていたものが、ある時代から見れば暴力的な人工物に見えてくることもある。

そうだとしたら、いま僕らがAIに感じている違和感も、未来から見ればまるで別の意味を持っているかもしれないし、あるいは、その違和感そのものがたいしたものではなかったかのように、風景の中に見事に吸収されてしまうかもしれない。まさに、デジタルネイチャーとして。

そこに、なんとも言えない居心地の悪さみたいなことを現代人の僕らは抱えてしまいますよね、ということを今ここで全力で主張したい。

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そもそも、僕らは、自分の感覚が未来にどう処理されるのかについて、ほとんど主導権を持っていないわけです。

あのアイヌの少女だって、自分の怯えが後世にどう位置づけられるかなんて選べなかったはずなんです。

だからといって「違和感を記録して、未来に託しましょう」ときれいにまとめるのも、どこか違う気がする。

それはたしかに誠実だし、美しい話。けれど正直、全然腑に落ちない。AIにもまさにそうやって結論付けられてものすごく腹が立ちました。

記録して未来に向けて祈るだけで、本当にこの話を引き受けたことになるのか。そこにはまだ、何かが圧倒的に足りない感じがしてしまう。

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たぶん僕が引っかかっているのは、ここで話がすぐに「では、そんな世界で君たちはどう生きるべきか」という、個人の心構えの話に回収されてしまうことなのだと思う。

それは自分がこれまでそうやって書いてきたから、AIにも過去を参照されて、そうやって書かれてしまうのだと思います。

つまり過去の自分の思考の型が、自分自身で腹がたったという話なんです。

もちろん、それも大事だと思う。自分で何度も書いてきたから当たり前。自覚的であろうとすることも、違和感を丁寧に扱うことも、軽率に未来を予祝しないことも、たしかに全部大事だと思います。

でも、それだけではどうにもスケールが合わない気がしてしまう。

自然の定義が書き換わるのは、いつだって個人の一生より長い時間軸の中で起きる。そうだとしたら、「どう生きるか」という問いだけで、この問題に答えようとすること自体に、どこか無理があります。

むしろ最後に残るのは、きれいな答えではなく、この「腑に落ちない感覚」のほうなんだろうなあと。

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そして、何よりも僕がずっとモヤモヤしているのは、僕自身は和人側なのか、アイヌ側なのかもよくわからないということ。

北海道出身者という「道産子」というひどく曖昧なアイデンティティを自らに背負ってしまっていることが一番大きな違和感、その身体的反応だと感じています。

これが他人の地域の、他人の植民地化の過程だったら、ここまでうだうだと考えていないはずなんです。

もちろん、自分のルーツとしては、和人側にあってその開拓民たちの子孫ということになるのだけれど、とはいえ、そこで二世・三世と世代が下っていけば、自分は安易に和人側にも肩入れできないし、アイヌ側でもなんでもない。

また、現に北海道に住んでいるわけでもないから、厳密な意味での「(北海)道民」でもない。

生まれたときにはすでに田んぼも札幌の街もあって、函館はロマンと哀愁の街に変化をし、それこそが「ふるさと」であると懐かしむ側に僕はもう立ってしまっている。

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つまり、加害の側とも、被害の側とも言い切れない、この僕が僕だからこその、中途半端な曖昧な立ち位置。

でも、もしかしたらこの中途半端さこそが、いちばん逃げてはいけない場所なのかもしれないとも、同時に思うのです。

きれいに和人を批判することも、きれいにアイヌに同一化することも、どちらも自分には許されていない残酷さ。

ただ、どちらの感覚も、薄くではあるけれど、身体のどこかに残ってしまっている。その曖昧さのまま立ち続けるしかないんだろうなあって。

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一体、何が自然で、何が人工なのか。

いま自分が守ろうとしているものは、本当に自然なのか。いま自分が気味悪がっているものは、単にまだ身体に馴染んでいないだけなのか。あるいは逆に、いま自然だと思って安心しているものの中に、見過ごしてはいけない暴力性が眠っているのか。

そのどれにも、まだうまく答えられない。AIが出てきて、ますます最近それが本当にわからなくなってきました。

でも、もしかしたら、その「まだ答えられない」という感じをカンタンに片付けないことが一番大事なのかもしれないというのが、今日の仮説であり結論でもあります。

もしここで、腑に落ちてしまったら、そこで問いは閉じてしまう。

「AIもいずれ自然になるんだろう」と納得してしまっても、「だから違和感を大切にしよう」ときれいにまとめてしまっても、その瞬間に、未来の訂正可能性は閉じてしまう。

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アイヌの少女の怯えは、当時の誰にもうまく受け取られなかった。和人には届かず、たぶん彼女自身も、その違和感を言葉に変えきれないまま、生きたのだと思う。

でも、その答えの出なさごと、百年以上のときを越えて著者の筆圧を通して、こうやって一読者のところにやってきた。

腑に落ちなかったからこそ、その感覚は古びずに、いまの僕の身体の中にこうやって生身の揺らぎとして、共振できたとも言えるのかもなあと思ったのです。

全然うまく言えないですが、本当にそう感じます。

腑に落ちないままでいること。それは優柔不断というより、まだ歴史の渦中にいるという感覚を、身体の側が忘れていないという証なのかもしれない。

マジで全然わからないというのが、正直な感想ではありつつ、なんだかこの「腑に落としてはいけない」という感覚自体が、今回一番腑に落ちたので、今日ここに書き残しておきました。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。