これまで多くの有識者が、現代社会で起きている最近のデモ(トランプ現象など)を「土一揆」に例える機会を、たびたび目にしてきました。

しかし、僕自身は、日本史の不勉強で正直あまりピンときていませんでした…。

ただ、最近アニメ「まんが日本史」を観ながら、日本史を時系列に一気に追ってみると、「あー、そういうことだったのか!」と腑に落ちたので、今日はその気づきをこのブログに書いてみたいと思います。

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日本で一番最初に起きた土一揆は、1428年(室町時代)に起きた「正長の土一揆」です。

この「正長の土一揆」が起こるまでの戦や争いごとは、あくまで貴族や武士、寺院の権力(継承者)争いに過ぎなかった。

土民(農民)はいつも蚊帳の外で、争いが起きるたびに、戦力の一部として、戦場に駆り出されるだけでした。

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しかし、室町時代の土民は、度重なる争いごとに駆り出されることによって、自分たちも「団結して、行動すること」を少しずつ学び始めていたようです。

そんな中、室町時代中期になると、飢饉(借金漬け)と疫病(三日病など)が度重なり、土民の不満は最高潮に達していたみたいです。

そこでついに、土民たちは徳政令(借金帳消し)を求めて立ち上がった、それが「正長の土一揆」です。

ここで余談ですが、「まんが日本史」はこのあたりの土民の心境の変化を描くのがとても上手い。

弥生時代からずっと毎時代に繰り返されてきた「土民は蚊帳の外」のシーンが、このタイミングでついに結束して立ち上がるシーンに繋がる、その伏線の回収が本当にお見事でした。




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ただ、ここで一つ疑問が浮かび上がってくる。

なぜ正長の土一揆は成功し、土民の要求が時の権力者たちに聞き入れられたのか、です。

果たして、当時の土民はそんなに強かったのでしょうか。

実はこの土民の中には、借金が重なり食べていけなくなった武士(下級武士)も加勢していたそうなんです。

土民だけでなく、本当に困っていた武士たちがその知恵や武力を土民に提供していたというわけですね。

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さて、この「土一揆」の流れを、令和の現代に置き換えてみましょう。

現代の権力争いは、武力衝突ではなく、メディア(情報戦)と経済戦争に置き換わっています。

近年、インターネットが現れて、それまでずっと特権化されてきたメディアの機能が「民主化」されたことにより、それぞれが戦い方(発信の仕方)や、「ネットで団結しリアルでデモをする」手段を覚え始めてきました。

国家や会社組織に依存せずとも生きていけるひとも増えてきて、自分の生き方を本当の意味で見つめ直す一般人が徐々に増えてきたわけです。

一方で、資本主義がいくところまでいってしまい、富める者と貧しい者の貧富の格差は日々増していくばかり…。

そこに今回のコロナ(疫病)がやってきました。

土一揆が起こるピースは、完全に揃い始めているように感じます。

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そんな気運を小さく象徴する出来事として、今回のコロナ下における政府の施策に対する国民の反発する声。


たとえば一律給付金が、最初は困窮者のみ30万円配る施策だったものが、SNSの声を中心に国民から反発の声が上がったことにより、国民に一律10万円配る施策となりました。


また、現在進行中のGOTOトラベルキャンペーンの二転三転問題もそうです。

僕が生まれてこの方、ずっと見てきた平成の30年間のあいだには、このようなことはまずありえませんでした。

また、これは日本国内の状況ではありませんが、借金が重なり食べていけなくなった下級武士が土一揆に参加した当時の流れは、Black Lives Matterに参加する白人や若い世代(多額の借金と、仕事がない)が加勢している流れにも、とてもよく似ていると思います。


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「正長の土一揆」が起きた室町時代は、足利幕府の内乱ばかりで、歴史的にもつまらない時代だと正直ずっと思っていました。

しかし、それゆえに土一揆が起きていて、ここから約30年後には「応仁の乱」が起き、ついに下克上の気運が高まり始めます。

そしていよいよ、みんな大好き安土桃山時代に繋がっていくわけですね。

つまり、あの戦国時代(下克上)の気運は、この「正長の土一揆」からはじまったと言っても過言ではないのかもしれない。

そんなことを、「正長の土一揆」が広がった奈良の地で考える今日このごろです。

いつもこのブログを読んでくださっている方々にとっても何かしらの気づきに繋がったら幸いです。