ウィズコロナ時代における、「オンライン疲れ」。

最近、至るところで耳にするようになりました。

もはや、「肩こり」と同様、現代人の新しい病と言えるようなレベルまで達した気がします。

その原因は一体何なのか?

近頃ずっと考えてきました。

そこで、ひとつ気づいたのは、オンライン疲れの原因は、オンラインによる「忖度のしにくさ」に原因があるのではないかと。

言い換えると、「空気の読みにくさ」に原因があるのだと思います。

なぜなら、対話がオンラインになることで、そこから得られる情報量が圧倒的に減ってしまうからです。

参照:高度情報化社会とは、情報が“少ない”時代。

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山本七平の『空気の研究』をわざわざ持ち出すまでもなく、日本人は空気を読むのが大好きな国民だということはみなさん既にご存知でしょう。

そして、コロナ以前は場の空気をしっかりと読み、相手の意図を汲み取って的確に動けていたひとほど、コロナ以降の環境の変化によって、一気に疲れ始めている印象です。

一方で、「きっとこのひとの辞書には『忖度』という文字はないのだろうなあ…」そう思わされるひとほど、コロナ後も相変わらずに、いや以前にも増して生き生きしていますよね。

ということは、ツール(手段)の問題ではなく、個人それぞれの受け止め方の違いだということは間違いなさそうです。

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だからこそ、身もふたもない提案になってしまいますが、これを機にいっそのこと忖度するのをやめてみるのはいかがでしょうか。

僕自身もどちらかと言えば、場の空気を読み、目の前の相手に忖度するタイプの人間でした(最近流行りの言葉で言えば、繊細さん)。

でもいつからか「そうする必要はないのだ」と悟ってからは、忖度するような場面は一気に減りました。

いま目の前の相手に忖度するか否かよりも、より大きな共同体の声を聞き、その共同体にとってより良い選択をするためにはどうすればいいのか?ただそれだけを一心考えて行動をすればいいと理解したからです。


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「変えられるのは自分だけ。他者を変えることはできない。」

だとすればまず、自分から率先して変わってみるしかありません。

相手をコントロールしようとして、結果的にコントロールできないから、ドンドン疲れてしまう。

忖度も、相手の下手に出ることによって、立派に相手を自分の支配下でコントロールしようとする行為です。

だからこそ、相手をコントロールしようとすることから一回離れてみる。

参照:「思い通りにコントロールする」とは、思い通りにならないことをあるがままに観ること。 | Wasei Salon



そして、自分の心の声に、ちゃんと耳を傾けてみる。

参照:まわりの声に「鈍感」で、自分の心の声に「敏感」になったほうが、他者とつながり共創できる時代。

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以前、ラジオ番組『お金と人のないしょ話』の中でもお話した「WIN-WIN or ノーディール」の話にも近いと思います。

WIN-WINの関係を成立させることが難しければ、忖度せずにしっかりと「ノーディール」を選び取りましょう。

リモートワークは、それが宣言(実行)しやすい環境でもあると思います。

ピンチはチャンスです。今は、忖度しやすい性格から抜け出す、絶好のチャンスだと僕は思います。

いつも、このブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となったら幸いです。