「正義の反対は、また別の正義」
「物事には順序がある」
「この世に白黒ハッキリと別れることなんてない。全てはグレーである」
そんな意味がドンドンと理解できるようになってきます。
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そうすると、自分の発信が全て曖昧なものになっていっていきますよね。
それは仕方のないこと。
言い切れることなんて、この世には何一つないのですから。
ただ、それでは自己の考えが深まっていきません。
人は誰かに何かを伝えようとした時に、自分の考えを整理して、より一層深い段階で考えるようになります。
だからこそ、きっと今の僕らに必要なのは「どちらが正しいか」それを互いが罵倒するように議論することではなく、
それぞれの考え方や立場から見えてくる意見を同時に深めていくことなのではないのかなと思うのです。
それは、私とあなた、そして第三者の視点などを同時に持ち合わせながら、複数の視点を仲間と一緒に深めていくような感覚です。
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そのためには、「擬似ディベート」が適しているのではないのかなと思ったのです。
例えば、このWasei Salonであれば掲げている大テーマは「これからの働くを考える」です。
であれば、
「ベンチャーか、大企業か?」
「正社員か、フリーランスか?」
「フラットな組織か、ヒエラルキーのある組織か?」
そんな、どちらも正解だと思えるようなテーマを、「人それぞれだよね」「場合によるよね」で終わらせるのではなく、
では、「どんな人だったら適しているのか?」「どんな場合なら避けるべきなのか?」
そんなことを仲間と一緒に考えてみるために、擬似ディベートを行ってみるのです。
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具体的には、事前にテーマを定めて、このテーマに興味のあるひとたちが同時刻にオンライン上で集う。
集まった人数が、ちょうど半々になるようにそれぞれの立場に分かれます。
この時、どちらの立場の側についても構わないように準備しておくこと。
そして、それぞれで別々のオンライン会議をスタートさせて、自分たちの主張をまとめていく。
そのあと、再び全員で集まって、各グループの議論であがった意見を発表し合い、しっかりと相手の意見を聞く。
さらに大切なことは、自分たちの立場からしっかりと相手のグループに反駁すること(反対意見を述べること)です。
これは決して、勝者を決めることが目的ではありません(相手を負かすことが目的でもありません)。
多様な視点を、仲間と一緒に深め合うためにこそ、反駁し合う必要があると思うのです。
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こうやって相手の立場を脅かさずに、冷静に議論することができるようになれば、
擬似ディベート以外の場面であっても、相手の主張をしっかりと聞いた上で、自分の意見を伝え合えるようになるなと思うのです。
自分とは違う立場から意見を言われても、擬似ディベートで慣れているから、決して「批判された…!」とは思わないはず。
そうやってクローズドの空間で、議論の土壌を作っていくことが、今の時代においてとっても大事なことだなと。
まさに、以下の記事で福澤諭吉が述べているように、です。
参照:「SNSという空間は、諸刃の剣である」ということを肝に銘じる。 http://inkyodanshi21.com/blog/4343/
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ひとが生きるうえで、重要なことは「複数の視点」を同時に育てることだと僕は思います。
そのためには、こんな擬似的な訓練を積極的に繰り返すことで、最終的には功を奏するようになるのかなと思います。
大切なことは「議論を、遊ぶこと」。
もしこのサロンメンバーのみなさんの中で、擬似ディベートにご興味のある方がいらっしゃれば、ぜひ僕と一緒に試してみませんか?
定期的に開催している「小さな交流会」の進化系のような形でzoomを使って開催できたら嬉しいです。
興味のある方は、コメント欄に書き込んでもらえると助かります。