さて、今日は昨日のブログの続きです。



現代人が、自分を変えたかったら、変えてみる価値があること、


僕がたどり着いた結論は3つです。

1.口に入れる食べ物を変える
2.目に触れる情報を変える
3.住い方を変える

これらをガラッと変えてみることで、それまでの自分だと思っていたものが、本当の自分ではなく、そもそも自分なんてものは存在しなかったことに気づけるはず。

一方で、とても矛盾するような言い方になってしまいますが、いついかなる時も変わらずに自分であったことにも気づけるようになる。

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思うに、何か大切なものを見つけたいときは、その周辺にあるノイズを排除していく必要がある。

現代に生きる僕らが、大きく影響を受けているそのノイズの代表例が、ジャンクな食べ物、ジャンクな情報、ジャンクな住い方(ライフスタイル)だと思います。

僕らは、知らず知らずのうちにこれらに大きく汚染されてしまっている。

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一方で、近年の社会通念として、「性格や人格は変えられないもの、生まれつきのもの」という考え方が一般化し、それらを受け入れていこうという多様性の流れがあります。

しかし、多くひとが考える「変えられない、これが私」と諦めてしまっている事柄も、少なからずこれらに影響を受けてしまっている場合が多い。

ただ、あまりにも社会全体に、これらのノイズが一般化しすぎているため、社会的な多様性を担保する方へと舵を切り、ノイズ自体も受け入れてしまおうという大きなうねりに繋がっているのだと思います。

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この点、文明が進むべき方向として、自己責任論に終始せず、寛容な方向へと向かうことは、無条件にとても良いことだと思います。

しかし、それと今の自分がジャンクなものに汚染され続けたままでも良いのか、は全く別のお話。

「社会が多様な方向に向かうのだから、自分も変わらずにそのままでいい」という話では決してない。

むしろ、社会がより一層寛容な方向へと向かうタイミングだからこそ、自己の心身の健やかさは、自身の意志で担保し続けなければならない、と僕は強く思います。

他者をしっかりと受け入れ、隣にいる人にちゃんと手を差し伸べられる器量を持ち合わせるためにも。

そうすることで初めて、本当の意味での協力関係を築けるようになると思うのです。

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自己のためではなく、他者のために。そして、社会に対して貢献できる人間となるために。

それが巡り巡って一番、自分自身のためにもなる。

見返りを求めない、真の意味での「ノブレス・オブリージュ」や「ペイ・フォワード」につながることだと僕は信じています。

今日のお話が、いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、何かしらの参考となったら幸いです。