「頭」から出た言葉は相手の「頭」にしか届かない。で、「心」から出た言葉は「心」に届く。我々はどこと言葉とつながりたいのか。


若松さんはときどき語気を強めて話すときがあるが、この日最初の強い言葉はこれだった。この言葉は、若松さんの最近発売されたばかりの著書の最初に書かれていたから驚いた。

「頭」で考えただけの言葉は、それを聞く人の「頭」を刺激する。このとき相手は話されていることに納得し、理解はするが、本質的な影響を受けることはほとんどない。
「心」から出た言葉は「心」に届く。それに関係が深まり、あるいは傷つくこともある。だが、こうした言葉によってだけではやはり、本質的な変化は起こりにくい。
そして、「肚(はら)」から出た言葉は、相手の「肚」へと届く。「肚」と「胸」は同じ場所の別な呼び名である。人は「頭」で理解し、「心」で感じているだけでは主体的に行動しない。そのためにはどうしても「肚」が動き出さねばならない。

『自分の人生に出会うために必要ないくつかのこと』/著:若松英輔



著書の内容とは別のテーマで、冒頭の話に続けてこのようなことをおっしゃられた。


何を読むよりか、自分がどこで言葉でつながっているか考えてほしい。それが極めて大事なんです。

大切な人から誠心誠意書かれた一通の手紙を「読む」。最初は嬉しいから何が書いているから読みますよね。もう一回読むでしょう。何度も読むでしょう。

同じことが書いてあるのに、なんで何回も読むんですか。書いていないことを知りたいからですよね。相手は何を書かかなかったのかが一番自分にとって問題だからですよね。

「読む」ってことは「言葉」を扉にしながら、人が言葉にし得ないものを掴み取ろうとする営みなんです。だから、書いている文字を正しく理解する、そんなことで「読む」という行為を終えちゃいけない。そんなことで言葉との関係を終わらせてはいけない。人は言った言葉よりも、言えない言葉によって深く確かにつながるんです。

んなこと私が言わなくてもみなさんご経験済みですよね。


経験済みだけど、びっくりした。感動した。考えたこともなかった。
しかし、時間をおいて考えてみれば。

コーチングやカウンセリングでは相手の「沈黙」や「表情」で対話をする。

そこから出てくる言葉にできないシグナルを、相手にフィードバックする。
そして、相手はまた考え、ときに驚いたり、感傷的になる。

読書会でも、書かれた事実だけの共有の感動ではなく、それぞれの感想の言葉によってよりその本を深く味わう。

ときに書かれた言葉をもとに書かれていない言葉でより考えを深めることがある。

たしかに経験をしていた。

もっと、「言葉」「読む」「書く」と深くつながりたい。

今日は私の言葉が少なかったな。
でもきっと今日のブログは何度も読み返すことになりそうだ。