世の中には二種類のタイプのひとがいます。

ひとつは、先人たちがつくってくれた舗装された道を綺麗に走ることに対して喜びを感じるひと。

もうひとつは、まだ誰も歩んだことがなさそうな、けもの道を泥臭く走ることで自己を発見し喜びを感じるひと。

どちらも、等しく正解だと思います。

ただし、不幸なことは、自分に適したコースを走れていないにもかかわらず、そのコースこそが自分の走るべき道だと思って悪戦苦闘しているタイプのひとがいることです。

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この点、優しくてまじめなひとほど、今この瞬間に「楽しい」とか「おもしろい」とか感じられていない場合において、

「自分自身が間違っているのだ」と罪悪感を感じ、自分のことを責めてしまいます。

皆が一様に感動しているときに、自分だけが全く心がみたされない状態を、「自己の異常」だと判断してしまう。

だから、みんなの感動を少しでも理解できるようにと、「これが本当に楽しいものだ」と必死に自己暗示をかけて自分の心を矯正しようとしてしまうのです。

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でも、そこで一歩立ち止まり、矯正しようとはしないで欲しいなあといつも思ってしまいます。

上述したように、たまたま走っているコースが異なるだけなのだから。

その心を満たせる場所は必ずどこかにある。

少しだけ大衆と違うだけ、です。

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これまで、そんな優しくて真面目なひとたちと出会うたびに、どう接して良いのかわからなかった。

僕がどれだけ「あなたはおもしろい!そのままで素晴らしい」と熱量込めて伝えてみても、

「そりゃあ、鳥井さんだから理解してくれるんだろうよ…」と半信半疑で受け入れられてしまう。

そして、20代後半になるにつれて、徐々に社会的な圧力に屈してきて、最初に出会ったころはあんなにも個性豊かな光を放って輝いていたにもかかわらず、

自ら美しい牙を抜き、社会的に正しいとされる方向へと矯正されていってしまう。

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そんな葛藤を抱えながら、このオンライサロンを運営して、多くのメンバーの方々と実際に交流するうちに、少しずつわかり始めたことがあります。

それが今日のタイトルにもある通り、僕ひとりではなく「疑似社会」として受け入れることが重要なんだと。

本当の自分を発見していくその瞬間に、しっかりと他者が複数人で「社会」を形成して寄り添うことで、自分にとって本当に歩みたい道を自ら肯定できるようになるのだなと。

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どれだけマンツーマンで理解を示してみても、集団になった途端に周囲のひとたちは立場をころっと変えてしまい、「世論」を形成して眉をひそめてくる。

だからこそ、発話者もその雰囲気を敏感に感じ取って「この話は、この集団の中では求められていない」と思い、少しだけ開きかけたその心のフタをまたパタっと閉じてしまう。

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個性的な感性や価値観を共におもしろがる関係性こそが重要で、小さくても構わないから疑似社会(コミュニティ)として受け入れることが肝だったのです。

そんなときに初めて「私は今のままで良いんだ」と心の底から信じることができる。

そりゃあ、僕ひとりでどうにかしようと思ってみても、うまくいかないわけです。

ほんとうに大事なことは「社会として受け入れる」ことだったのですから。

オンラインサロンという仕組みを運営することで、初めてこのことを気づくことができました。

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個性豊かな人々が集まる空間として、

共にお互いの生き方を肯定し合える場として、

現代において全く足りていない社会を、これからもメンバーのみなさんと一緒に創りあげていきたいなあと思います。

今日のお話が、いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても何かしらの参考となったら幸いです。

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