今朝、こんなツイートをしてみました。



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答えのない問いに迷い続けることって、

現代においてはなんだか「ダサいやつ、イタいやつ」という漠然としたイメージがあるかと思います。

それよりも「いかにはやく正解に辿り着き、賢くヒットを打つことができるか」のほうが今は持て囃されている時代です。


だからこそ、そもそも答えのない問いについて考えていることは、なんだか人に話しづらい雰囲気がある。


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この点、ぼくが起業した当初、まだ二十代半ばのころ、


とても成功している経営者の方が「哲学なんて時間の無駄、答えが出ない問いに迷い続けても全く意味はない」と断言しているのを聞いたことがあります。

この言葉を聞いたとき、ものすごく違和感を感じたことを今でも鮮明に覚えています。


そして、その違和感は今でも変わりません。むしろ日に日に強くなっていくばかり。

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だからこそ、現代においてはイタい、ダサいとされている「答えのない問いに挑み続けるその姿勢」を、僕は全力で肯定したいと思っています。

もしかしたら、その迷いは一生消えることはないかもしれません。

でも、その問いに迷い続ける姿勢にこそ、価値があると思うのです。

だからこそ、

「青年よ、大いに迷え。そして同じように迷えるひとに優しくあれ。」

今はそんなふうに思っています。

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わからない問いをわからないままにしておく勇気や胆力、

そして問い続ける姿勢を肯定し合える関係性を、このサロン内ではしっかりと構築していくことができたら嬉しいです。

それがいまの世の中において、絶対的に足りない空間だと思うから。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となったら幸いです。