先日、Wasei Salon内のインタビューイベントにおいて、

「自分のうまくいった方法を、自分でなぞろうとすることに対して違和感を感じている」という話題が語られました。

内部イベントのため、詳しい詳細についてはここで言及することを避けますが、この感覚は非常に共感できるなあと思いました。

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思うに、結果的にその方法を通じて成功したことと、その成功体験を上手になぞろうとすることは、客観的に眺めたら全く同じような行為であっても、そこには雲泥の差が生じます。

でも人間どうしても、一度何かしらの形でうまくいってしまうと、そこに執着してしまうんですよね。

なぜなら、まわりからは「あの時、成功した方法を教えて欲しい!」と何処にいっても聞かれ続けて、自分でも何がうまくいった原因(理由)だったのかを分析し始めてしまうから。

そして、未来はいつも予見不可能で、先行きが不透明だからこそ、他者にその原因を説明しているうちに、自分でも無意識のうちに、そのうまくいった方法にすがろうとしてしまう…。

でも、これが本当にいちばん良くない。

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このような話をするときに、いつも僕が思い出すのは『ナウシカ2』の話です。

ジブリは『風の谷のナウシカ』や『天空の城 ラピュタ』が社会的に評価されたあとでさえも、その続編をつくろうとは決してしませんでした。

それどころか、宮崎駿さんが得意とする冒険活劇さえも封印し、その後に続いた作品は、『となりのトトロ』や『魔女の宅急便』、『紅の豚』などファンタジー要素がない、日常に寄り添った作品です。

プロデューサーの鈴木敏夫さんが「ジブリでは、続編は絶対につくらない」と何度もインタビューで語っているように、あえて自分たちが得意とする(社会的に評価されている)ものを、もう一度つくろうとはしてこなかった。

もしここで過去の成功体験にすがりつき、ナウシカやラピュタの続編をつくっていたら、その後のスタジオジブリは、いまとは全く別の道を辿っていたことでしょう。

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また、この話は以下の記事で触れた「ちょっと前が一番古い」という話にも似ているなあと感じます。

参照:「インスタ映え」と「バーバリーチェック」。

うまくいった方法ほど、まわりが勝手にそれを評価・分析してくれて、あとに続こうとしてくる。

でも、自分も一緒になってその成功法則にすがりついてしまったらおしまいです。

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本当に目指すべきは、過去の自分が実践していたノウハウや方法ではなく、そのうまくいっていたときに自分が見据えていた先、理想としていた世界観や美意識のほうに改めて目を向けてみて、その"状態"やそワクワク、リズムを再現すること。

そうやって、まったく新しい方法を自己で見つけ出していくほかありません。

それはとても怖いことではあるけれど、勇気を振り絞ってその一歩踏み出せるかどうかが、その後も継続的に成長していけるかどうかのカギとなるのでしょう。

いつもこのブログを読んでくれているひとにとっても、今日のお話が何かしらの参考となったら幸いです。