昨日、こんなツイートをしました。



学生時代の勉強や、コロナのような感染症における隔離の事例なんかは非常にわかりやすい。

一見するとひどく退屈な作業であっても、辿り着きたい未来のためには「必要な退屈な作業」って世の中にはたくさんあります。

でも、それを教えてくれるひとやコンテンツが世の中からドンドン減ってきている。

今は「いかにラクして、その退屈から逃れられるか」という方法ばかりが人気を集め、そんなコンテンツを提供するひとたちが後を絶たちません。

たとえその先にどんな未来が待ち受けていようとも、すべては「相手の自己責任」という一言で逃げられてしまうからなのでしょう。

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たとえば、コーラを毎日飲み続けて、その結果として糖尿病になったとしても、コーラをつくっている製造会社は「自己責任」だと言って一切責任を取ってくれないでしょう。

それとまったく同じ構造です。

飲食物などに限らず、ありとあらゆる分野においてこのようなことが行われているのが今です。

これを防ぐためには、冒頭のツイートにあるように、「退屈だと思える作業の先に待っている未来」をちゃんと説明する必要がある。

それをサボらないことが、今ものすごく大切になってきているなあと思うのです。

じゃあ、具体的にはどうすればいいのか。

しっかりと、耳を傾けてもらえる「説明の場」を設けることから始めていく必要があるのでしょう。

具体的には、離脱率が低く、かつ中長期的なタッチポイントを継続的に設けながら、共に成長していけるような場です。

「おまえが言うのであれば、信じて実践してみよう」という信頼関係を、参加しているひとりひとりとちゃんと築いていけるような空間。

それが2022年現在は、比較的離脱率が低い「音声配信コンテンツ」や、オンラインサロンのような「コミュニティ内コンテンツ」に移ってきているということなのでしょう。

退屈な話は、オープンの場で言ってみたところで、何の効果もないどころか、適当につまみ食いされて都合よく解釈され、片手間に実践された結果、「おまえの言っていることは間違っている!」と批判されるばかり。

だからこそ、有益なコンテンツは自然とクローズドの空間に向かっていく。これはもう残念ながら避け難い大きな流れとなりました。

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このように、いま多くのひとが、せっかく人間に与えられた可能性をひたすらに浪費して「壊す楽しみが人生の楽しみだ」と誤解してしまっている。

だからこそ、育むこと自体を楽しむ素養がある人々が集まり、過程を楽しむ文化がしっかりと根付いているコミュニティをつくり出すこと。

そこで得られた気づきや発見を、周囲の他者と共有しながら、実践し続けるための環境を提供し続けること。

このWasei Salonも、そのような場としてこれからも運営していきたいと思っています。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となったら幸いです。

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