先日、こんなツイートをしてみました。


思うに、過去数十年間における「新自由主義」の台頭によって、歪められてしまった世界や他者に対する敬意みたいなものを、もう一度改めて問い直していくのが今なのだと思います。

そのときに必要な視点は、「何が原理的か」ではなく、本当につくりたいと思う世界観が何かをゼロから構想し、それを各人ひとりひとりが徹底的に考え抜いて、それぞれがつくっていけばいいと思うのです。

現代は、それに必要なピースやツールが揃い始めているのだから。

それは、今朝更新したVoicyの中でも丁寧に語ってみたとおりです。

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にもかかわらず、日本人はどうしても学校のテスト問題に慣れすぎてしまっているせいで、正誤問題や穴埋め問題みたいな感覚で世界を眺めてしまっているひとが、本当に多いなあと感じています。

自己の目の前に現れたものが、自分の知っている定義にちゃんと当てはまっているかどうかで、その”正しさ”を見定めてしまうクセがあるようです。

でもそれって本末転倒だと僕は思う。

本当に大事なことは、定義に忠実なことではなく「どんな世界をつくっていきたいのか」のほうのはずですよね。

「◯◯主義」や「web3」のような概念でさえも、そのための道具にすぎない。

より多くの人々が「幸福」に近づくための、その可能性が高いからこそ必要な新たな概念であって、その定義に引っ張られすぎても、あまり意味はない。

それを導入することで、人々が幸せになるからこそ、その主義や概念に本当の意味で存在意義があるといえるのではないでしょうか。

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じゃあ、なぜ日本人は、正誤問題や穴埋め問題のように世界を眺めてしまうのかと言えば、そちらのほうが圧倒的に簡単だからなのだと思います。

論述問題のほうが圧倒的にむずかしいように、定義に当てはまっているかどうかを確認するだけであれば、自分の頭で考える必要はなくなってくる。

そして、その定義から少しでもズレたことをしている相手に対しては、「おまえの言っていることは間違っている!」と言い放ち、悦に浸ることができてしまう。

つまり、ひとは自ら考えたくないから、原理主義的になっていくのでしょうね。

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このようなことを漠然と考えていたら、昨日聴いていたオーディオブック『老人支配国家    日本の危機』の中で、フランスの人類学者であるエマニュエル・トッド氏と日本の歴史学者である磯田道史さんの対談が収録されており、そこに膝を打つようなお話がちょうど語られていました。

明治維新のときの薩摩藩と会津藩の違いについて、です。

以下で少し引用してみますね。


磯田     さらに興味深いのは、組織を守り続ける直系家族社会の中で〝破壊者〟の役割を担ったのが、薩摩を中心とした西南日本の勢力だったことです。明治維新を引き起こした革新的エネルギーは、薩摩をはじめ、佐賀、長州、土佐といった中世的な様相を残していた地域から生まれました。

トッド     直系家族というシステムは、核家族がいわば進化した新しい形態なので、それよりも古い原初的な家族システムの 残滓 が、地域に残っていた可能性もありますね。      

磯田     一方、幕府側についた会津藩では、「 什の掟」といって、幼少のころから「ならぬことはならぬものです」と教育される。すでに存在する規範を保守的に、ある種、無批判に受け入れる価値観を刷り込まれるのです。対する薩摩では「泣こよか、ひっ跳べ」という言葉があるそうです。メソメソ泣いているより、思い切って崖から跳んでしまえ、という意味だとか。


この「泣こよか、ひっ跳べ」という言葉をもう少し詳しく調べてみると、磯田さんの仰っているのは、「泣こかい、飛ぼかい、泣こよかひっ飛べ」という言葉のことだそうで、これは困難に遭ったら、逡巡せず、結果を怖れず行動せよという意味で、薩摩藩士を象徴する言葉であるとか。

一方で「ならぬものは、ならぬ」と禁止する会津藩。

この対比はまさに、原理主義問題そのものだなあと感じました。

そして、今求められているのは、まちがいなく薩摩藩的な立ち振る舞いのほうだと僕は思います。

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本当に求められている状態とは何か。

そのためには原理主義を超えていくこと。現代においてものすごく大事な視点だと思うので、備忘録的にこのブログにも書き残しておきました。

いつもこのブログを読んでいる方々にとっても、今日のお話が何かしらの参考となったら幸いです。

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声のブログ、Voicyも毎日更新しています。合わせて聴いてみてもらえると嬉しいです。