2019年1月に株式会社を作って、現在6期目なんですが起業してから5年間の様子をざっとまとめてみようと思います。
現在 @はっちー さんにお願いして会社のホームページをしっかり作り直しているところなんですが、そこではけっこう今後のビジョンやこれまでの実績など、できるだけ見栄えの良いような形でまとめているんですよね。
しかしこれまでの軌跡はなかなかうまくいかないことも多くいろんな挫折・苦悩もあったのが実際のところなんですが、おそらく綺麗なホームページを作って今後表向きのメディアなどで話すと裏側の泥臭い話をする機会はそこまで多くないと思うんです。
そこでせっかくなのでWasei Salon内では可能な限り赤裸々に語ってみようと思います。
起業しようと思ったきっかけ
本格的に会社を作ろうと思ったのは2017年ごろ、大学院博士課程在籍中だったと思います。
自分は理学療法士・アスレティックトレーナーという資格を持っていて、一般的に有資格者は病院や介護施設、スポーツチームなどで働くことが多く、また大学院で研究もすると大学教員や企業の研究職になることが多いです。
自分はけっこう欲張りなので、現場での活動と研究を両立させたいなーとか、仕事をがんばった分だけ評価されて雇われでは得られないくらいの収入を作ってみたい、時間のお金の余裕を作ってプライベートも充実させたい、などを思っていたので次第に起業に興味を持ちました。
またその頃、障害者雇用に関する研究をしており福祉領域の興味が増していたんですが、周りを見るとけっこうアナログで古い体質の事業が多かったり、同じようなテーマを扱う事業はNPOや社会福祉法人など公益性の高い団体が多かったりして、ここで社会課題解決と収益性を兼ね備えた株式会社を作れたらいいかもな〜という感じで社名や事業の方向性を考えていきました。
今回は起業した後の話を主にしようと思うので、きっかけをざっくりまとめるとこんな感じです。
ただ具体的なビジネス戦略やクライアント候補はあまり用意できないままビジョンと想いだけで起業してしまったのでこの後苦労することになりますw
国家資格と大学院で博士号をとるような研究をしていればまぁなんとかなるっしょ!くらいの楽観的考えだったので、起業して3年くらいはなかなか大変でしたね。。
1年目
さて、そんなこんなで会社を登記し、知り合いのつてでオフィスも借りたわけですが、なぜでしょう、全然仕事が入ってきません。
今思えば当たり前ですが、会社作りました!とfacebookなどでアナウンスして知り合いからは「がんばって!」などのコメントがついたとしてもそれで"じゃあこの仕事をお願いしよう"となるわけではないですよね。
専門性があれば仕事の依頼がくるわけではない、ということを最初から痛感するわけです。
設立前に見据えていた障害者雇用関係の仕事として、なんとか今後障害のある方を雇用しようと思っている会社と繋がって「どんな方なら働けそうか?」「事前に組織内部ではどんな準備をしておけばよいか?」などいろいろ話し合いを進めたものの、結局は良い人が見つからずに採用できず仕事が流れてしまった、ということもありました。。
ただありがたいことに学生時代から繋がりのあった会社からいくつか仕事を依頼してもらうこともでき、少し仕事を立ち上げられたものの、資金繰りなどもちゃんと考えられていなかったので、結局これまでの貯金や会社とは別に個人で得た収入で会社の赤字を補填する、という生き残るだけで必死な状況。
しかもこの年は第一子が誕生して、プライベートでもバタバタしており仕事の先が見えないのもあって、なかなか精神的に苦しかったなーと思いますね。
こんな感じで"社会課題解決と収益性を兼ね備えた新しい会社を作るんだ!"という想いも虚しく、ほんの小さな一歩から歩み始めるのでした。
2年目
よしっ!2年目こそは会社を軌道に乗せるぞ!と思った矢先、コロナパンデミックが起こります。
会社として仕事を依頼してもらって実行する流れが1年目で少しわかったのもあってどんどん営業していきたいところがそれどころではなくなってしまいました。
今見返しても新規の案件はあまり増えず、既存の仕事を引き続き対応しつつマーケティングなどについて勉強することが多かったと思います(今さら、、)。
また実は大学院博士課程は卒業単位はとっていたものの学位申請の論文が海外雑誌に通っておらず、事業もしながら研究活動も並行していたんですよね。
そんなこんなでオフィスを移転して経費を抑えたり、コロナ明けの成長を見据えてできる限りの準備をしたり、まだ事業を軌道に乗せる糸口がはっきりつかめないまま、まだなんとか生き延びるのに必死だった、というのが2年目でした。
とりあえず時間はあったので子供や家族と一緒に過ごす時間は多くあり、それ自体は充実した日々だったと思いますね。
3年目
個人的にはここがけっこう変革の年だったと思います。
この年の頭あたりで無事博士論文が雑誌掲載されて博士号(人間健康科学)の学位取得が決まり、そのあといくつか仕事の案件がぽつぽつ決まりました。
後から思い返しても博士号をとれたからなのか、1・2年目の試行錯誤が実り出したのか分かりませんが、とにかく仕事の依頼をいただく機会が増えてきたんですよね。
実際2年目までは個人として仕事を受けることで会社で必要な費用を補填していたんですが、3年目以降は会社として受けた仕事だけで経費をまかない、次の取り組みへの投資も少しずつできるようになってきました。
この頃には当初思っていた障害者雇用領域だけでなく、医療・介護・福祉それぞれに関わる仕事が増えてきて求められること・できることの多様性を感じられたのは今にも活きています。
まだコロナも明けてはいないものの少しずつ社会も動き始める気配が出てきて、業務委託的に仕事を頼める機会も少しずつ出てきました。
やっと会社っぽい雰囲気が出てきたなー、ということでけっこう思い出深い年ですね。
4年目
ここは次なるステップアップのきっかけをいろいろ考える年でした。
3年目でいくつか仕事の案件は増えたものの、数ヶ月で終わってしまう案件と、継続して依頼をいただける案件などいろいろ現れてきたんですよね。
中には「来年も仕事を頼むよ」と言っていたものの、年が変わる前後あたりで業績が悪化してきたのか音信不通になり、結局仕事が流れてしまった、という案件もありました。
今後一緒に働くパートナーを集めようとした時に月によって仕事量が安定しないとなかなか仕事も頼みづらいですし、マネジメントのバランス感の難しさを実感しましたね。
また長く一緒に働いてくれる方の報酬をあげたり、業務委託などで仕事を頼む機会を増やそうと思うと、クライアントから仕事の依頼を受ける単価も高めていく必要も出てきますし、マーケティング・付加価値の向上もより重要性を感じました。
と、言うわけで1年目〜3年目とは違う悩みというか課題を感じるようになって、マーケティング・マネジメントを含めた経営について考える機会が増え出したのがこのあたりになります。
5年目
このあたりになるとコロナもかなり明けた感じになってだいぶ動きやすくなってきました。
4年目にいろいろ試行錯誤する中で、徐々に仕事を受けるクライアントのターゲットが絞り込まれてきましたね。
具体的にはスタートアップ系の企業を対象に資金調達・マーケティング(商品/サービスの効果検証、エビデンスに基づいた情報発信など)・マネジメント(スタッフ研修、採用サポートなど)を総合的にサポートすることが増えました。
当初思い描いていたビジネスモデルとは違いますが、主に医療・介護・福祉領域のスタートアップに関わることでBtoBtoCという感じで会社としての成長と商品/サービスが届いた先にいる方の困りごと解決にも繋がる形が固まりつつあって、個人的には良い方向性だと感じています。
そしてこの年にプライベートとしては2人目の子供が産まれ、次の年には2人の子供の保育園送り迎えなどもあって出張にも行きづらく、より会社組織としてはマネジメントが重要になるので仲間集め・仕組みづくりをがんばった1年かなーと思います。
また、この年にWaseiSalonにも入会しました。
会社の方向性は見えつつあるものの、個人の働き方についてはまだ改善点がありますし、他にもできることをいろいろ探したいのもあった感じですね。
実際にいろいろな人との交流を始め、つらさより楽しさが上回ることが増えていきました。
まとめ
かなり簡略化したものの、会社を作って5年目までの流れをざっとまとめてみました。
いかがでしょうか?
なかなかこのあたりの話は普段することがないですし、自分としても過去を思い出してしみじみとしました。
こんな話が何の役に立つか分かりませんが、ここまで読んでいただきありがとうございます。
はっちーさんと一緒に作っているホームページが出来たらまた改めて会社の話はできたらと思いますし、自分個人としては会社経営だけでなく個人のセラピストとして別の活動をしたり、まだまだやりたいこと・社会のためにやった方がよさそうなことがいろいろあると思っているので今後もよろしくお願いします!