山田修平と申します。 

鳥井さんの記事を読んで、僕は大学生ではないが、ブログを書くことにした。

悩み相談も兼ねて書かせて頂きます。



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僕は病院で働いている。理学療法士としてリハビリテーションを行っている。 


リハビリテーションとは、

一言で言うと「幸福の再建」だ。 


主に怪我や病気をした人が再び社会で活躍できるように、身体機能および精神機能の回復や再獲得を目指す職業である。またそれだけでなく、環境や社会に手を加えることも含まれる。


僕は病院で働いて気がついたことがある。 

それは医療機関でのリハビリテーションには限界があるということだ。 その限界の話を少しだけしておく。 


まず、多くの人は“病院には出来るだけお世話になりたくない”というマインドや“医療は硬い”というイメージがある。

  

「ちょっと調子悪いぐらいだから」 

「どうせ大丈夫でしょ」 

「もっと悪くなってきたら病院に行こう」 


病院に行けば、診察までの待ち時間が長かったり、検査をする必要があったり、時間もお金もかかるし面倒くさい。注射をされるかもしれないし、体に悪いものを食べ過ぎだと食事を制限されるかもしれない。 


だから、病院には行きたくない。行くべき人が行かない。そんな現状がある。


特に若年層は行かない。仕事や遊びが優先で、病院へ行くことの優先順位は低くなってしまうのだろう。


結果として、様々な症状が進行してから受診される方が多く、手遅れな場合も少なくない。 


疾病予防啓発のポスターを作っても、地域で健康教室を開催しても、無料で健康診断をやっても、医療というフィルターを通してしまうと情報を届けられる人は限定される現状がある。


ここに医療機関でのリハビリテーションの限界がある。 

僕たちがいる場所まで来てくれないとリハビリテーションは出来ないのである。 


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だから、僕は服でリハビリテーションをすることにした。 


どういうことか?

少し話が飛躍したので説明する。


先ほど僕たちがいる場所まで来てくれないとリハビリテーションは出来ないことに限界があると書いた。その限界を突破する方法を考えた時、服という選択肢を思いついた。 


来るのを待っていてもダメなら、僕たち医療側から生活の中に溶け込んでいく新しいリハビリテーションを開拓すればいい。


生活の基礎は「衣食住」である。そんな中で僕が一番興味を惹かれるのは衣だった。僕は服が好きだ。


だから、服でリハビリテーションができないかと考えたのである。 


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また、リハビリテーションをするにあたって、何を対象にするかも重要である。 

僕には解決したい社会課題がある。 


それは高齢化問題である。  


僕は高齢者が大好きだ。職業の関係で僕は高齢者と関わる機会が多く、その美しさに魅了されている。


しかしながら、高齢者は自動車事故を起こしたり、認知症で徘徊したりするといった報道の影響もあり、社会から厳しい視線が向けられている。これが「歳を取る」ことに対するネガティブイメージにもつながっていると思う。 


「歳を取る」ということは決して不幸ではない。 


確かに心身機能は低下する。しかし人生経験や本当の心の豊かさは拡張する。 

その拡張する点にスポットライトを当てて、高齢者の幸福の再建をしたい。 

社会に手を加えてリハビリテーションをしたい。そう強く思っている。 


高齢化問題の本質は


①加齢に対するネガティブイメージに伴う高齢者の肯定感の不足

②若年層と高齢者の分離による相互理解の不足


だと僕は考えている。


だから、僕は「歳を取ることは素晴らしい」というメッセージを込めた服を作りたい。高齢者へのリスペクトを込めた服である。


そして若い人に背景を知った上でこの服を着て欲しいし、服をきっかけに高齢者とのコミュニケーションを促進し、相互理解につながれば良いと思っている。


そうすれば、この服を着るという行為自体がリハビリテーションになるのである。 


具体的な構想の1つを書いておく。


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高齢者が若い頃に着ていた服の多くは今、日本中のタンスの中に眠っている。 

その服たちは現代と違って量産された服ではなく、様々な物語が詰まっている服たちである。歳を取った服たちである。もう着ることはない、でも思い出として捨てることは出来ない服たちである。 


そんな物語が詰まっている服をもう一度輝かせることは出来ないか。そうすることで今までその服を着て生きてきた高齢者へのリスペクトや「歳を取る」ことのイメージを少しでもポジティブに捉えられないか。 


そんなことを考えている時に彼の服に出会った。 着物を仕立て直して、シャツにして着ているというのだ。 


https://twitter.com/nagat81/status/1172871023961595905?s=20



僕が作りたいのはまさにこんな服だ。 

眠っている服たちを、物語はそのままに、形を変えてまた身に纏う。 


これが僕なりの高齢者に対する最高のリスペクトであり、リハビリテーションである。  

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服というのは見えない空気や物語、歴史、価値観などを可視化するものだと思う。


人間は歳を取るほど、シワが増えたり、腰が曲がったり、見た目の変化が大きいが、本当の人間の美しさは外見ではなく、その内側の精神や魂に宿っている。そんな見えない高齢者の美しさを服を使って可視化したい。 人間だって経年変化を楽しみたい。


今まで先人たちが着ていた服、人間の美しさを含んだ服。 そんな服をリメイクし再び身に纏う。そんなブランドを作りたいのです。


医療の概念を生活の中に溶け込ませ多くの人に届ける。 その媒体として服は大きな可能性を持っている。


僕は「歳を取ることは素晴らしい」を服に込めたいのです。  そしてその服を多くの人が着ることで僕なりに高齢者へリスペクトを送り、社会をリハビリテーションしたいのです。