いま、日本のNFT市場が大きく盛り上がってきています。

その価格が、数百倍、数千倍となるようないわゆる爆益案件と呼ばれるようなものも実際に生まれてきている。

そのため、多くの人たちがいま血眼になって、そのようなNFTプロジェクトをみつけて、早い段階から投資して、自分も高値で売り抜けようと躍起になっています。

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このような価値の変化は、ただの画像のようなデジタルデータに「所有権」を付与することができるようになったから起きたことです。

でも、僕が思うのは「所有できるようになったからこそ、その所有権にこだわらないひと」が本当の意味でNFTの価値を体現できるのだろうなあと思うのです。

具体的には、短期的な利ざやを狙わないひと。目先の利益を取りに行かないひと。

つまり壮大な「マシュマロテスト」を、いま大人がみんなで実験しているようなタイミングといえるのではないでしょうか。

(※ちなみにマシュマロテストは再現性がないらしく、あまり信憑性が高くない実験らしいのですが、一番わかりやすい例だし。直感的には正しく感じる話でもあるので、あえてマシュマロテストに喩えています)

もっと万人が知っているような寓話で言えば「金のオノ、銀のオノ」みたいな話にも近いと言えるかと思います。

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これまでも、目先の利益を取らずに長期的な共存共栄を目指すという関係性は世の中に存在していましたし、一方でお互いが利用し合ったり、消費し合ったりするような関係性もいたるところに存在していました。

ただ、これまでの社会の中では、それらが混在し一緒くたになっていたわけですよね。

でも、今NFTという新しい概念によって起ころうとしている変化というのは、目の前のひとたちの関係性が「果たして本当は、どちらによって繋がっていたものなのか」それが可視化できるようになったということなのだと思います。

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このように、いつの時代も新たなテクノロジーというのは、人間の「本音とタテマエ」を見事にあぶり出してしまう。

たとえばTwitterというツールは、誰もが簡単に短文を投稿できるツールとして、10年ほど前に脚光を浴びました。

その結果、使うひとたちのダークな部分をさらけ出すものともなってしまったわけですよね。

一方で、最初から本音がポジティブなひとは、本当にポジティブを全力を貫いてドンドン人気者になっていく構造も生まれている。

このように、Twitterは間違いなく「メディアの民主化」という事象のなかで、そのひとの本当の考え方や意見を、見事に可視化してしまったわけです。

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同様に今、NFTは「スタートアップの民主化」や「エンジェル投資の民主化」と言われていますが、それはつまり「関係性や信頼性の可視化」ということでもあるのだと思います。

ここに存在する関係性は、決して目先の利益を取りに行くような関係性ではないということを客観的に証明することができる。

それは目の前に、でっかいマシュマロが現れるからこそ、それを食べないひと同士なのかということが試されているわけです。

具体的には、換金できる所有権を持っていても、その所有権を行使しないというような。

そのときに、いちばん大事なことは、私にとっての「善」を、いつも以上に全力で体現することなのだと思うのです。

自らに深く「動機善なりや、私心なかりしか」と問い続けること。

参照:稲盛和夫著『生き方』オーディオブック版のススメ!

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じゃあ、具体的には一体どうすればいいのでしょうか。

拍子抜けするような答えかもしれないけれど、ただ「共にいる」っていうことだけでいいんじゃないかと思います。

逆にいえば、これまでの社会においては、何か明確なアクションをしない限り、僕らはそのひとや組織に対してのコミットメントを表明することができなかった。

でも、NFTが現れた今「ただそのNFTを所有している」という行為だけで、その強いコミットメントの意志を表明できるようになったのです。

誰もが欲しがるわかりやすい「お金」と換金することができるけれど、あえてそれをしない関係性。

その証のようなものが、NFTのひとつの価値になるのだと思います。

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このお話は、伊藤亜紗さんがつぶやいていた「島における利他」のような感覚にも近い。

島暮らしにおいても、より便利な都会に移り住むことはカンタンにできるけれど、あえてそれをしないことにこそ価値がある。

憲法第22条で認められている「居住移転の自由」をあえて行使しない、そんな無作為の意思表明が島の中の強い連帯感や信頼感を生み出しているわけですよね。

これは「居住移転の自由」が認められる現代だからこそ、価値を持つ行為だと言えそうです。

そもそも強制的にその場に住まわざるを得ない状態だったら、その無作為には別に何の価値も存在しないわけですから。

自由を謳歌できるけれど、あえてその自由を手放している状態だから価値が生まれる。

数年前に流行ったゼクシィのキャッチコピー「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」もまさにそう。

何でも自由を謳歌できてしまう現代を生きる僕らにとっては、その権利行使をしない姿に強い意志を感じるし、なんならそれが本質的な「ブランド」や「価値のあるつながり」だと認識されるようになってきたのではないでしょうか。

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「このコミュニティに集まる人たちは、自分に認められた自由や権利をあえて行使せずに、お互いに消費し合わないし、消耗し合わない関係性を維持し続けている」

それを広く客観的に証明できるのがNFTというツールであり、それだけで価値があるし、そこに価値があるのだと僕なんかは思います。

そんな信頼が、ブロックチェーンという技術によってすべて嘘偽りなく可視化されることによって、また次の信頼が生まれていく。結果的に一番価値のあるNFTとなっていく。

今は、フリーミントや少額のミントの場合であれば、本当にただのような値段で、そんな意思表明ができてしまいます。

NFTの登場によって、これからの世の中がどのように移り変わっていくのか、本当に楽しみで仕方ありません。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても今日のお話が何かしらの参考となったら幸いです。

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