「働く」以外に生きる価値って何があるんだろうか。

もちろん、家族やプライベートな時間もある。
でも、仮に「働かず」にそれだけだとしたら、私はその生きる価値を感じないと思う。
生きることに飽きると思う。

そんなところから、少し考えてみた。


「働いた後のビールや開放的な時間に生きている価値を感じるけど?」

逆説的な考え方でもあるけど、働いた後のビールは「働いた」からこそ生まれる価値だといえるのではないか。



「生きるために必要なお金のために働くことは?」

家族を養うために、貯蓄をするために、という考えから、「働く」ことから生きる価値なんて感じねぇ。だから、お金や家族のために生きる価値を感じるっていう声もありそう……。

たしかに、生きる価値はあると思うんだけど「家族という他者のために」や「溜めたお金で将来使おうとしていること」に生きる価値があるのでは。

逆に、計画性のない貯金は生きる価値がないともいえそう。



「保険やなにかあったときのお金の貯蓄って必要やないの?」

それは安心をお金で補っているので生きる価値とはズレてそう。

でも、「欲しい物があってそれを買ったら生きる価値を感じる」っていう考えもあって、それは幸福感は上がるから、生きる価値に近いのかな。

でも生きる価値と感じるか、ちょっと疑問……。



「働くことが生きる価値ってワーカーホリックやない?」

ずっと働いたほうがいい」とか「働くことがすべてだ」っていうことが言いたいのではなく、「生きる価値」ってなんだ?っていう観点から考えたいなーっと。

「働けないなら死ぬしか……」という過激な言葉がたまにネットで飛び交いますが、そんな簡単に人間死ねない。

喧騒から離れて、自然で過ごす時間も価値を感じるし、もちろん必要だと思うけど、これも「生きる価値」とは少し違う気がする。

だったら、生きる価値って何だろうって考えれば考えるほど、小さくてもいいから人様の役に立つことじゃないかなぁと。

そういう考えを少しでも持たないと価値を感じずに、人間として腐っていくだけやないか?という恐怖も感じる。




みなさんは、何をして生きているという実感を得ていますか?

自分がやりたいことか否かは置いといて、とどのつまり「生きている価値」とは、社会貢献や他者の役に立つことに至るのではないか。

これが私の現在の答えになりそう。

そうするとすべての「働く」という意味は、「他者のために行動する」と捉えることもできるかも。

でも正解ではないし、正解はないと思う。
みなさんはいかがでしょうか。