2019年まで、自分にとって「バランスの良さ」が心地よさの源でした。

時間の使い方、お金の使い方、周囲に対しての気の配り方などなど、

どれをとっても意識的にバランス良く、そして丁寧に配分することを心がけてきました。


しかし、コロナの影響で、バランス良く運用することを強制的にストップさせられてしまった結果、自分と向き合う機会だけが一気に増えました。

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そうなると、不思議なことに、本当に好きなものであれば三日三晩続いても、全く気にならなくなったんです。

たとえば、同じものを食べ続ける、同じものにお金を使い続ける、同じジャンルの本やコンテンツを見続けるなどなど、

これまで心地よかったと思っていたバランスを崩してしまうこと、それ自体が全く気にならなくなったのです。

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個人的には、これはとても大きな変化でした。

これまでブログの中で、没頭することの重要性、特に「努力の娯楽化」という考え方に何度も繰り返し賛同してきた自分ですが、

それでも実は、ものすごくバランスを大切にしていたのだなあと今振り返ってみると気づきます。

参照:倫理観と誠実さを持ち合わせ、人柄が良くセンスあるヤツが勝つ時代。



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そんなことを考えているときに先日、ラジオ番組「session」を聴いていていて、とてもハッとするお話に出会ったのです。

「今は『グリッド』が持て囃されている時代だけれども、『これをやらずにはいられないんだ』のほうが大切。そのかわり、家族や身近なひとには迷惑がかかるんですけどね。」

僕の意訳ですが、そんな趣旨のことが番組内で語られていました。

参照:【音声配信】特集「メル・ギブソンとショーン・ペン初共演の映画『博士と狂人』公開! 世界最大の辞典『オックスフォード英語大辞典』はどのようにして誕生したのか?」金田一秀穂×豊崎由美×荻上チキ▼2020年10月16日(金)放送

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自分自身も、昨年までは自社の社員や、まわりのひとたち(家族や友人)への迷惑ばかりを気にしていたような気がします。

そして、その「迷惑をかけるな」という圧力は、決して誰かから強要されたものではなかったように思います。

以下のツイートに引用した田中みな実さんの言葉のように、「自分が求める自分像として、自分が勝手に塗り固めたもの」だったのだろうなあと。



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変な話ではありますが、これからは積極的に自らバランスを崩していこうと思います。

「これをやらずにはいられないんだ…!そのことばかりを考えていると夜も寝られず、朝も飛び起きたくなってしまう」

そんなふうに思える何かに、ひたすら没頭し続ける自分を積極的に許していく。

バランス良く対応する、そんな心地よさや社会的な正しさ、身勝手な責任感からは解放されて、居心地の悪さを感じる自分を自分で積極的に認めていく。

そんなことを考える今日このごろです。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、何かしら気づきにつながったら幸いです。