散歩するのが好きで、1日2時間はオーディオブックを聴きながら都内を散歩をしている。

最近は、星新一のショートショートを聴いています。

物心ついて親元を離れて初めて東京に来たとき、ちょうど小学校5年生のときでした。そのときはずっと飛行機の中でも電車の中でも、星新一の文庫本を読んでいたことを思い出します。

今、オーディオブックで、その時に読んでいた小説を聴きながら都内を歩いていると、なんだか当時のことを思い出しながら歩けてとても懐かしいなあと。気づけばもう25年ほど前のこと。四半世紀前ということに、なんだかとても驚いています。

ーーー

で、今日の本題はここからで、そんなふうに都内を散歩していると最近気づいたことがあります。

それが何かと言えば、今年の都内各所のクリスマスの飾りつけは、なんだか例年に比べてブリンブリンしているなと。

これは、よく言えばものすごくクリスマスっぽいとも言えるし、悪く言えばめちゃくちゃベタだなあと感じる。

少し前まではイルミネーションなんかも、青の洞窟などが流行ったりして、なんだかシュッとさせて、逆に「えっ、これがクリスマス…?」みたいな感じだったのに、気づけば今年はわかりやすくベタが多い感じがする。

単純にこれがトレンドなのか、はたまたインバウンドなんかの影響なのか。トレンドだとしても、じゃあなぜ今こんなノリなのか、地味に気になるなあと思って、昨日から結構真剣にずっと考えていました。

ーーー

で、そもそも、この「ブリンブリンしている」の意味なんですが、わかりやすく言えば、赤とゴールドが如実に増えているなあと思います。

しかもひとつひとつが、丸くて重い。重厚感がある感じ。あとわかりやすく例年よりもお金がかかっている感じがします。

一方で、コロナ禍ぐらいまでのここ10年は、青とシルバーが増えていた印象です。そして、鋭角で軽い感じといえば、わかりやすいかもしれない。この違いは何なんだろうなと思うのですよね。

ーーー

たとえば具体的には、表参道の交差点に突如あらわれたカルティエのクリスマスツリーとかはとてもわかりやすい。

あとは、六本木ヒルズや麻布台ヒルズなど、森ビルが仕掛けるクリスマスマーケットとか、三菱地所が仕掛ける丸の内のクリスマスマーケットとか、三井不動産の六本木や日比谷のミッドタウンの様子なんかもそう。

で、ここには、本当にさまざまな理由があるんだろうなとは思いつつも、無邪気な予測が許されるならば「あっ、東京の景気が良くなっているんだな」と思いました。

「いやいや、物価高騰で、実質賃金も上がらず、これの一体どこが景気が良いんだ!」って怒られてしまいそうですが、

でも、このクリスマスの飾りつけに関しては、局所的にお金が回っていること、その証拠でもあるような気がします。

金融資産としての株や不動産、暗号資産なども含めて続々と資産価値が上昇している。

そして、今の東京で実際に消費している金額、その多くはインバウンド観光客のひとたちのほうが主たるお客さんであって、彼らは相当な金額を都内に落としているはずです。

ーーー

バブルまで言わなくても「インフレってこういうことか」と、デフレしか知らなかった失われた30年を生きてきた僕らは、今人生で初めて目の当たりにしているんじゃないか。

そして、その景気の良さが、装飾の「ベタさ」という形で表れているのではないか、というのが今の僕の勝手な仮説です。

これは、もっとわかりやすく言うと、インフレが加速し、世の中にお金が回り始めると「ひとはわかりやすくベタなことをしたくなる」ということでもあると思います。

逆に、デフレ時代には、ひとは「センスのある普通」みたいな、ちょっとひねくれた変化球を目指すということなんじゃないでしょうか。

購買意欲が下がる中、それでも、なんとか「消費者」に目を向けてもらう必要がありますからね。

でも、わかりやすく景気が良くなってくれば、そしてお金を持った人たちが集まることがわかっていれば、むしろベタのほうがいいという判断は、なんとなくわかる。

下手に工夫する必要もないですし、顧客側から「お金を使いたい」と求めて来ているわけだから、それに対して期待通り、想像通りのものを与えることのほうが、逆に求められているということなんだと思います。

そう考えると、消費者がお金を持って求めている時代というのは、ビジネスもわかりやすくて良かったですね。単純に羨ましい。そんな感じが、戦後の高度経済成長期〜バブルぐらいの日本だったのかなとも思います。

ーーー

で、当然、このような変化が起きてくると、金回りのいい人たち、またその金回りのいいひとたちに群がるひとたちもまた同様に、ベタな格好をするひとも同時多発的に増えてくる。

その証拠に、今年は例年にも増して、白を中心に明るい色のアウターを着ている人が街中に増えたなあと思います。

だからベタな町並みとの相性も自然と良くなるわけですよね。明らかに創発関係にある。

一時期は、みんな黒やネイビーなど暗い色合いのテカテカとしたウルトラライトダウンのようなナイロン製のアウターを着ていたけれど、今はその頃とは隔世の感がある。

ーーー

もちろん、これは意識的にというよりも、本当に景気の話であり「気分」の問題だと思いますし、無意識の部分で行われていることなんだと思います。

はっきりと予算が増えたとか、意識的に仕掛けられているというよりも、ただただ人々の、特に東京都心のひとびとの集合的無意識というか、気持ちの向かう方向性の問題。

僕自身、88年生まれでバブルのときの様子は、テレビの報道などでしか見たことがありません。

でも、あれだけベタなことをしているのもまた、当時はお金が回っていた証拠であり、当時のひとたちがセンスがなかったわけでは決してないんだろうなとも、同時に理解しました。

インフレの影響を受けて「明日の懐は、今日の懐よりも温くなる」と思えるひとが増えていくと、人々の消費はベタに向かい、その逆にデフレであれば、人々は質素倹約、つまり普通の中にセンスを見出そうとするだけのことなんだろうなあと。

人間の行動基準は、意外と単純であって、それだけが腑に落ちただけでも、なんだかこの発見には、結構個人的には大きな学びがありました。

ーーー

来年以降も、さらなるインフレが続き、局所的にバブルの様相を呈してくると、なおさらこのムードはきっと加速していくのだと思います。

そして、格差みたいなものもより一層はっきりしていくような気がします。

来年以降に「あれは、24年のクリスマスあたりからおきたことだったね」という話をするようになるのか。

それとも「あの24年でフワッと浮かびそうになったけれど、そこからまた一気に低迷したね」となっていくのか。

それ自体は、本当に神のみぞ知ること。

でも、個人的には、こういう人々の小さな集合的無意識のようなものが、「クリスマス」というひとつのわかりやすい行事ごとにおいて、なんとなく表出していくる、その瞬間みたいなものを生で見られるタイミングが本当に好き。

しかもなんのデータの裏付けもない、勝手に自分が直感的にそうやって感じ取っているだけであって、ここには正解も不正解も存在しない。

でもこういう感覚を実感したくて、実際に現地に赴いて、自分なりに感じ取ってみるようなことを、旅を含めて、日々しているなあと思います。

ーーー

そして、正解がなんであれ「あれ何かが違う、そうかいつもよりベタなんだ、なんでなんだろう…?」みたい考えてみることが、好きなんだと改めて気が付きました。

こういうことを一人で散歩しながら考えている時間が何よりも僕にとって「考える遊び」そのものになっているなあと思っています。

東京にお住まいの方々はぜひ実際に街に出てみて、その雰囲気の微妙な違いを感じ取ってみてください。そして、何か自分なりの仮説が生まれてきたら、ぜひ教えて欲しい。

クリスマスの25日を過ぎたあたりから、年末年始のお正月もどんな感じになるのか、この流れでなんだか楽しみです。果たして、百貨店なども、この流れに乗っかって元気になっていくのかどうか、今からとても楽しみです。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。