今朝、こんなツイートをしてみました。



そのためには以前もこのブログに書いたように、まずは自分から「剥がし離すこと」が大切だと思っています。




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この点、「海外に暮らす」は、とても効果的な方法だなあと感じます。

否応なしに、ある集団の当たりまえを客観視することができるようになるからです。

それは物理的に遠く離れた日本人に対してもそうですし、現地に暮らす集団(国民)に対してもそう。

生活のありとあらゆる場面で「自分は異国の人間なのだ」と感じる機会が増えることによって、ある種の心理的な距離感がそこに生まれてくるから。

僕自身、集団の中の当たりまえ、そんな違和感に気づけるようになったのは、間違いなく中国・北京で暮らしていたときだったと思います。

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つまり、自分自身がその集団の一員じゃないと思えること、その感覚がとても重要になってくる。

コロナ以降、いま僕が無意識のうちに、関西に長期滞在している理由も、ここが自分にとって一番海外に似ている場所(道産子の自分と、関西人との心理的な距離感)だと感じる場所なのだからかもしれない。

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また、話は少し逸れますが、先日「サブプライムローン」を題材にした実話を描いた映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を観ました。

これもまさにそんなお話です。

ある集団の中で、バブルのような熱狂に近い状況の時ほど、その渦中にいる人間には全く気づけない。

まわりの人間からすると、どう考えてもおかしな状況なのに、当の本人たちは何が間違っているのかさえわからない。

これは、現代の金融業界に限らず、世の中では至るところで起きている現象なのだと思います。

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人為的につくり出されたシステムの中で生きていること、まずはそれに自覚的になり、その夢から醒めていくこと。

そうやって夢から醒め続けることこそが、人生を生きるということなのかもしれないなあと思います。

しかし、その夢から醒めることさえも、まずは全力で夢を見なければ醒めることもできない。

そう考えると、自分の20代、そして自分にとっての2010年代とはまさにそんな夢の真っ只中に浸らせてもらっていた時期だったということなのかもしれません。

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壮大な夢を見させてもらったことに、心から感謝をしつつ、徐々にこの夢から醒めていこうと思う今日このごろです。

いつもこのブログを読んでくださっている方々にとっても今日のお話が何かしらの考えるきっかけとなったら幸いです。