日本人なら、誰しも一度は耳にしたことがある「布施」という言葉。

他者と分かち合い、徳を積む行為です。

とはいえ、「自分の生活もままならないのに、他人にお金を寄付している余裕なんてないよ!」そう思う方も多いかもしれません。


ご多分に漏れず、僕もそのひとりでした。


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そんな中、先日オーディオブックで仏教学者・中村元さんの講演音声を聴いていて、ハッとしたことがあります。

布施とは、なにも「お金」を与えることだけではないそうです。

「無財の七施」という考え方も存在する。

その7つの布施とは、

1. 眼施:好ましい眼差しで見る。
2. 和顔施(和顔悦色施):笑顔を見せること。
3. 言辞施:粗暴でない、柔らかい言葉遣いをすること。
4. 身施:立って迎えて礼拝する。身体奉仕。
5. 心施:和と善の心で、深い供養を行うこと。相手に共振できる柔らかな心。
6. 床座施:座る場所を譲ること
7. 房舍施:家屋の中で自由に、行・来・座・臥を得させること。宿を提供すること。

参照元:Wikipedia「布施」 

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つまり「いつもご機嫌でいること、そして他人に優しく接すること」それ自体も立派な布施なのです。

これまでずっと「ご機嫌でいること、他人に優しく接すること」が、人生においてとてつもなく重要なことだと感じていました。

だからこそ、自分のブログの中でも何度も「機嫌」について書いてきました。

参照:いま「機嫌」について考える。





そしてやっと今、その理由がわかったような気がします。

いつもご機嫌で他人に優しく接しているひとは、常にこの「無財の七施」を行っていたのですね。

実際、これまでの人生を振り返ってみて「このひとに出会えて本当に良かった!」そう思えるひとたちはみな例外なく、この「無財の七施」を実践しているひとだったなあと、強く実感します。(地位・財産・名誉などは全く関係ない)

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さて、そう考えてみると、いま多くの人が自己の「無財の七施」を見直していくチャンスだと思うのです。

なぜなら、多くのひとがリモートワークでテレビ会議を体験しているから、です。

これまでの人生の中で、これほどまでに自分の顔を見ながら他者と話す機会ってなかったはずです。

カメラに映る自分を見ながら、常に自己を点検しながら、「無財の七施」ができているかを確認できる絶好のチャンス。

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いま僕たちはコロナウィルスから、自己を変革するための好機を与えてもらっていると言えそうです。

まさに怪我の功名と言えるような状況なのだと思います。

「欲しいものがあったら、まずは自分から与えなさい。」

いつもご機嫌でいることの効能、そして他者に優しく接することの意味。

いつもこのブログを読んでくださっている方々にとっても、そんなことを考えるきっかけとなったら幸いです。