先週から関西に来ていて、先日、何の気なしにフラッと「松下幸之助歴史館」行ってきました。


これがもう、本当にめちゃくちゃ良かったです。

日本全国様々な博物館・歴史館という施設に足を運んできましたが、そのベスト3に入るぐらい素晴らしい空間でした。

今年でやっと5周年を迎えるようなまだまだ新しい施設なのですが、その分、ものすごく丁寧につくり込まれていて、古臭さは微塵も感じさせないものとなっています。

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さて、僕自身、北海道の小さな水産加工の町工場の息子として生まれ、中高生の頃から自分も親と同じようにいつか起業するのだと思っていたので、日本の起業家、特に松下幸之助、稲盛和夫などの本は、10代後半のころからずっと読み漁っていました。

そして、その師でもあるとも言われている中村天風の思想にも、ものすごく強い影響を受けています。

とはいえ、だからこそ、ちょっと古臭い感じなんだろうなあとも思っていたんですよね。

みなさんもご存知の「水道哲学」のようなものが、説教臭く語られている場所なのだと思いながら訪れたのです。

でも現代から振り返れば、「水道哲学」が今のような日本になってしまった元凶と言われても、あながち間違いではない。

なんなら、それが現代の環境問題や労働問題に悪影響を与えてしまっているのが、まさに今なんだとも言えそうです。

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でも、実際に訪れてみると、それは本当に大きな大きな勘違いでした。

間違いなくそこに自分の「偏見」があったと反省させられました。

松下幸之助は、世界を代表する実業家であることは間違いないですが、もっともっと思想や信念、そして広義の「宗教性」を大事にされていた方だったんだろうなあと。

それを今回、改めて強く思い知らされました。

言い換えると「ものづくり」をしていたというよりも、どちらかといえば力強い思想を提示し、それを淡々と実行していた感じに近かったんだろうなあと思います。

会社をつくっているようで、その実は「共同体づくり」を懸命に行っていた方だったんだろうなあと。

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10代後半から20代前半のころに読み漁っていたときに、自分が出会っていたと思い込んでいた松下幸之助の思想は、30代半ばになって触れる松下幸之助の思想とは、まったく異なっていました。

現代という時代背景、その影響もかなり大きいのかもしれません。

歴史的名著なんかは常にそうですが「今の時代に生きる自分に活かせるところは何かないか」という風に考えながら眺めてみると、全く違う姿が見えてきます。

それが名著の凄みであるのと同様に、偉大な実業家もきっとそうなのだろうなあと。

この点、米国の雑誌『タイム』で松下幸之助が表紙に取り上げられたとき、松下幸之助は5つの肩書で紹介されていたそうです。それが「最高の産業人、長者番付トップ、哲学者、出版家、ベストセラー作家」の5つ。

つまり、その時代、今の自分の置かれている状況によって、このそれぞれの松下幸之助に出会えるということなのかも知れないなあと思います。

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あと今回、松下幸之助の生涯をパネルで順に追っていくと、何度も成功しては、何度も苦境に陥っていることが、本当に痛いほどよく伝わってきました。まさに波乱万丈の人生だったんだなあと。

しかもそれは、個人の責任というよりも、もっともっと大きな世界情勢や戦争、敗戦国である日本という国のおかれた状況など、一社(一人)ではどうしようもできないことによって苦境に立たされている。

でも、一切そのことを悲観的に捉えていないんですよね。

外部要因の責任にして世界を恨み、諦めてしまってもおかしくないような場面でも、まったくその様子が見えなかったのも、本当にすごいことだなと。

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そして、一通り彼の生涯とその教えを眺めたあとに、強く思い知らされたのは、この教えは「毒にも薬にもなる」ということです。

変な言い方ではありますが、松下幸之助の死後、日本の家電業界、そしてものづくりが衰退していった理由もこれを観ると本当によくわかります。

これは昨年、名古屋にある「トヨタ産業技術記念館」に足を運んだ際にも、似たような感覚を強く抱きました。

ちなみに、この「トヨタ産業技術記念館」も大変素晴らしい施設でして、名古屋に訪れた際にはまた必ずもう一度訪れたい場所のひとつです。

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この点、直系の一族や企業だった場合には、あまりにもその教えがドンピシャ過ぎて、変えるに変えられないということなのでしょう。

でも、松下幸之助のメッセージは、ものづくりの具体的な指針としてではなく、もうひとつメタ・メッセージを受け取って読み解く必要がある。

たぶん、真上からというよりも「斜めの関係性」ぐらいが丁度いい。

ある種の「誤配」みたいな状況が起こり得ないと、現代において松下幸之助の思想を活かすことはできない気がします。

素晴らしい教えを「代々受け継いでいくことの難しさ」のようなものを肌で感じることができました。

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それは、ひとりひとりの「受け取る心」みたいなものが本当に重要になってくる。

同じ日本人として、先人たちの営みとして、素直に愚直に受け止められるかどうか。

これも「贈与の発見」のひとつだと思います。

ゆえに僕は、フリーランスのひとたちにこそ活きる思想が、あの場では描かれていたように思います。

何を隠そう松下幸之助自身も、無一文、そして身一つで起業した一介の町工場の親父だったわけですからね。

僕らのような個人事業主や中小企業の経営者にとって、役に立たないわけがないんです。

逆に言えば、役人のようになってしまっている大企業の役員に、松下幸之助の思想が刺さるわけがない。

自分は松下電器のような上場企業をつくるつもりはないと思っているひとも、偉い経営者の社長室で聞くような話だと思わずに、油や泥に塗れた百戦錬磨の町工場のオヤジの声として聞くべきだと思います。

自分の人生を、自分自身で引き受けるという覚悟が決まった人間にだけ、スッと入ってくる言葉なのだから。

余談ですが、松下幸之助記念館をまわっている間、僕はずっとイケウチオーガニックの池内代表の顔がずっとチラついていました。

池内代表も、もともと若い頃はPanasonicの社員だった方で、本当の意味で、いま日本で数少ない、松下幸之助の思想をしっかりと活かされている方なんだろうなあと再確認できたように思います。

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日本全国にそんな人たちが増えることが今ものすごく大切で、それを引き継ぐかどうかを決めるのは完全に僕らに託されているのだと思います。

数日前に歴史館に足を運んだあと、それ以来ずっと松下幸之助のオーディオブックを聞き続けているのですが、改めて聞き返してみると、本当にすべてがまったく新しい教えのように思えてきて、今の自分たちにこそ届けてくれている言葉のようにも思う。

本当に一切、古臭くないですし、何度も繰り返しますが、フリーランスや最近法人を立ち上げたばかりの人にこそぜひ触れてみて欲しい思想です。

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さて最後に、会場の入り口にも大きく掲げられていて、過去に500万部以上も売れているという『道をひらく』のなかにも収録されている、その名も『道』という文章を、紹介して終えたいと思います。

たぶん、人生で一度はどこかで読んだことがあるはずです。

この機会に改めて、ぜひ読み返してみてもらえると嬉しいです。

「道」        松下幸之助

自分には自分に与えられた道がある。
天与の尊い道がある。

どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。
    
広いときもある。
狭いときもある。
のぼりもあればくだりもある。
坦々としたときもあれば、かきわけかきわけ汗するときもある。
    
この道がはたしてよいのか悪いのか、思案に余るときもあろう。
慰めを求めたくなるときもあろう。
しかし、しょせんはこの道しかないのではないか。
    
あきらめろというのではない。
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、ともかくもこの道を休まず歩むことである。

自分だけしか歩めない大事な道ではないか。
自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。
    
他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道は少しもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。
心を定め、懸命に歩まねばならぬ。
    
それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。
深い喜びも生まれてくる。


さて、いかがでしょうか。

「若いころに、松下幸之助の思想にはさんざん触れたからもういいよ」と思っている方も、どうか騙されたと思って、一度この施設に足を運んでみてください。

そして、改めて今このタイミングで、現代という時代背景の中で、松下幸之助が遺してくれた数々の書籍の数々、その言葉に触れてみてください。

間違いなく、今の僕らに生きる言葉がそこに掲げられているかと思います。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても今日のお話が何かしらの参考となったら幸いです。