「相手の話を聞くときに心がけていることは?」

よく聞いていただける質問です。

その際、自分の答えとして用意しているのは、相手の関心事に関心を寄せること。

参照: 相手の関心事に関心を寄せる重要性。

でもそれ以上に、まず大前提として「相手に敬意を示すこと、尊重すること」が大切だと思っています。

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思うに、人という生き物は「この人だったら、きっとわかってくれるであろう」という人に対して、いま自分が考えていることをそっと語り始める。

そのときに多くの場合、聞き手が持ち合わせている知識や専門性、権威やお金などが一つの基準となって、私が話す相手として相応しいかどうかを判断されていると思ってしまいがち。

だからこそ、日夜それらを追い求めて邁進してしまうのでしょう。語ってもらう相手として、自分が相応しい人間になるために。

もちろん、そのような「希少性」が相手の期待を満たす要素のひとつになっていることは間違いありません。

しかし、それ以上にまずは「敬意」だと思うのです。

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その敬意は、「愛情」ともまた異なります。

自分が相手に何か好意を示そうとするときに、「愛情」を示そうとするから、無意識のうちに相手を選り好みしてしまう。自分が苦手な相手にも愛情深く接するなんて、簡単にできることではないですからね。

一方で、敬意や尊重というのは、誰に対しても等しく開かれた態度で実践することができる。

そして愛情よりもさらに効果的。それは、以下のつぶやきで引用した内田樹さんのお話にも近いです。


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もし何か、自分が最初の起点となれるのならば、僕はこの「相手に敬意を示す」ということにおいて、ひとつの起点となりたい。

何かわかりやすい思想や意見、そこから生まれた正義感を伝播させることではなく、です。

敬意を示すことはどんな状況にあっても、いまこの瞬間から、私の決意ひとつで誰でも始められることだから。決して、お金がかかったり、何か犠牲が伴ったりする話でもありません。

そして、誰かの「聞く」という態度は、聞いてもらえたという他の誰かの満足感を生み、それが次の人の話を聞こうとする態度にもつながっていく。

つまり、必ず循環していくのです。決してゼロサムゲームではない。ひとりひとりの強い意志によって、着実に総量を増やしていける価値なのだと思います。

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僕は、この敬意が少しずつでも伝染していく環境をつくっていきたいなあと日々強く願っています。

自分に返ってくることをそれぞれが期待するのではなく。

それが一番、人と人とのコミュニケーションとして心地よいことだと思うから。きっと、この心地よさを体験すれば、次のひとにも自然と行いたくなるはずです。その総量を世の中に増やしたい。

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きっとこれは文化の問題です。

このWasei Salonの活動を通じても、それは日々強く実感しているところです。

だからこそ、そんな文化がしっかりと根付いている空間を、みなさんと一緒にしっかりとつくりあげていきたいなあと思っています。

僕ひとりでは絶対に不可能です。ですから、これからも一緒にぜひ実践していってもらえたら嬉しいです。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの考えるきっかけとなったら幸いです。