最近、いま必要な「対話」とは何かについて、よく考えています。

現代の社会では「多様性」が持て囃されていて、「人それぞれだよねー」と相手のあり方をそのまま認めることが良しとされている。

一方その反動で、匿名で活動することが可能なインターネット上では、相手を敵とみなして徹底的に否定することが主流となっている。

どちらも「対話」としては成立しておらず、適切ではないと感じています。

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では、いま本当に必要な対話の空間とは何か?

このWasei Salonのような両者の中間にあるオンラインサロンでできることは何かが問題となります。

この点、広く言われているように「安心安全」を担保すること自体は、決して間違いではないと思います。

しかし、その結果として「馴れ合い」になってしまっても仕方がない。

お互いに傷口を舐め合うような空間では、その場にいる瞬間だけは居心地が良いかも知れないけれど、中長期的に見て、そこに参加する誰にも何も発展が見込めません。

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じゃあ、そこに足りないモノとは一体何なのか?

この点、「ヘーゲルの弁証法」の考え方は非常に参考になるだろうなあと感じています。

弁証法については、誰もが学生時代に一度は目にしたことがあるはずです。

正(テーゼ)が存在し、対立矛盾する反(アンチテーゼ)がある。

この対立矛盾を、高次において統一することが止揚(アウフヘーベン)であり、

そこから、新たな命題(ジンテーゼ)が生まれてくるという考え方です。

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これを現実社会にあてはめて考えてみると、僕らは、誰もが自分なりの考え方(テーゼ)を持っています。

現実社会には、その考え方に対立矛盾する考え方(アンチテーゼ)を持っている他者が存在することが、社会の中で暮らしていると理解できるようになってくる。

ここで必要になってくるのが「対話」であり、対話によって止揚(アウフヘーベン)させ、「私」の意見から、「私たち」の意見に変化させていく必要がある。

そうすることによって、私という個人の狭い視点から逸脱して、共同体の構成員としての「私たち」の視点(ジンテーゼ)を獲得することができる。

つまり、この対立矛盾することこそが、「社会を動かす原動力になる」というのがヘーゲルの主張です。

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最近、このヘーゲルの考え方に興味を持ち、少しずつ調べていると、

この止揚(アウフヘーベン)には「否定する」だけではなく「保存する」という意味も含まれるそう。

つまり、テーゼもアンチテーゼも、ジンテーゼの中にしっかりと含まれている。

いま足りないのは、この対立矛盾する両者の考え方を「保存していく」感覚なのではないでしょうか。

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「多様性」だけでは、きっと足りない。

「人それぞれだよねー」という考え方では、対立矛盾をそのまま、それぞれの形で放置するだけに過ぎません。

もちろん、相手を敵とみなして徹底的に否定し合うだけでも、お互いに傷つけ合って終了です。

上述した「正」も「反」も同時に保存した「合」を新たに生み出していく感覚、それをどうやったら僕らは獲得していくことができるのか、それが非常に重要になる。

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その答えはまだわかりません。

だからこそ、ぜひみなさんと一緒に考えてみたいなあと思っています。

今夜開催されるサロン内のオンラインイベントも、そのような観点も含めてお話しできればいいなあと考えています。

このような話題に興味があるメンバーの方は、ぜひお気軽に参加してみてもらえると嬉しいです。(コメント欄のリンク先から参加ボタンを押してください)

いつもこのブログを読んでくださっている皆さんにとっても、今日のお話が何かしらの考えるきっかけとなったら幸いです。

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4月に開催されるWasei Salonの外部向けイベント兼体験会はこちらです。