「強いリーダーシップが日本には足りない。だからそれが日本には必要だ」という頻繁に耳にする主張。

言いたいことはとてもよく理解できる一方で、もし実際にそうなったらそれは『日本』と呼べるのか。

そんな答えのない問いを、最近はよく考えてしまいます。

たとえば「日本は島国だから良くないんだ。ゆえに、大陸と地続きにすべき」とした時に、実際にそうだったとしても、それを実現したあとに、果てしてそれは「日本」なのかに近い違和感がそこにはある。

これは、心理学者・河合隼雄の「中空構造」にも関わる話だと思います。

日本という国は、中心に行けば行くほど、実は空っぽになっている場合が多くて、それ故に日本文化が成り立っているというようなアクロバティックな主張です。

河合隼雄は、それを日本の古事記の神話のなかに理由を求めていて、この話は非常におもしろい話で以前もブログの中で何度かご紹介していますし、ご興味がある方はぜひ100分de名著『河合隼雄スペシャル』をご覧ください。

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さて、このように、日本には、合理的に考えたら、そうなっていることはおかしい、でもその構造でやってきたからこそ独特の文化や価値観が形成されているという場合が、非常に多いなと思わされます。

そして、それこそが「日本らしさ」というものを保持している可能性も、意外と高いのではないかと。それが今日の主張です。

一見すると不要であり、それこそがボトルネックのように思えるから、全体に影響のないものだと捉えて、ジェンガを抜くように消し去ってみたら、すべてが崩れ去らなくても、かなり大きく揺らぐことになるということも、あるような気がしています。

小松左京が『日本沈没』という小説の中で、日本という国土を沈没させたときに、それでも日本は残るのか、そんな思考実験がしてみたくて、フィクションの中で日本という国土を沈没させた、というあの話にも、とてもよく似ている。

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ここで少し話は逸れるのですが、この文脈において、先日、鹿児島に行ったときにも似たようなことを思いました。

日本国内に「既に死んでいる昭和」が残っている観光地は数多あれど、それがかろうじて「生きて残り続けている」観光地というのは本当に少ないなと思います。

その中でも、鹿児島は非常に稀な土地であって、九州の最南端だけあって、昭和が未だに生きて残っているところが、本当にすごいなと思わされる。

僕が、鹿児島が大好きな理由のひとつです。

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既に、遺跡になった「昭和」というのは日本中にたくさんあります。

それこそ、シャッターだらけで廃墟となった商店街や、団体旅行で賑わった寂れた温泉街なんかもそう。

誰に弔われるわけでもなく、そこにそのまま死んでいる。

その残骸が地方にはいっぱい転がっている。でも、生きている昭和というのは、とても新鮮だなあと思います。

過去に頻繁に言及してきた島根県なんかも同様だと思います。

松江や出雲もそうですし、石見銀山なんかはまさにそう。生きている昭和どころか、生きている明治がそこに存在するのではないかとも時々思わされる。

東京や大阪から近そうに見えて、完全に陸の孤島状態だから偶然にもそうなっているんだろうなあと。

出雲は、一番最初に大和朝廷から見放された国でもありますからね。奥会津など、福島県なんかもそう。

ゆえに、このあたりのエリアはずーっと放って置かれて、今も生きているまま残っているものがたくさんある。

そこへ行くたびに本当に貴重な空間が、生きたまま広がってくれているなあと思わされます。

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このような話をすると、あの秋元康さんの名言「止まっている時計は、日に二度合う」みたいな話に似ていますね!とよく言われるんですが、確かにそれはそうなんだけれど、止まっているというのは、あまり表現が適切ではないと思っていて。

動きが非常に遅い時計という方があっている気がします。

もしくは、クロノスよりもカイロス的な時刻を刻んでいる時計が中心だと言ってもいいのかもしれない。

そもそも、時計の「とき」の刻み方、その尺度が大きく異なるというか。

日本は極東にある島国であって、古代からいつだって変なものが流れ着いてしまう場所なのだと思います。そして中央から遠いがゆえに、多少の問題があっても基本的には放置される。

結果として、統一されないし、中央とも同期がなされない。

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そうやって見放された結果として、生き残ったものがガラパゴス的に進化したとき、おもしろいチャンスや可能性を見出すタイミングのようなものが時代の流れの中で時々やってくるんだろうなあと。

これこそが「日本の強み」であり、次の時代の日本の可能性を切り拓こうとするときに、まったく新しい観点がそのような辺境から見出されていく。

明治維新のときの薩摩藩もそうだったように、辺境から革命が起きてきたというのは、まさにこのサイクルが為せる技だと感じます。

先日、大阪と京都の話をしたけれど、大阪はもちろんのこと、福岡や名古屋あたりも、やっぱり近すぎる。

吹き溜まりのように、溜まってしまうもの、滞留してしまうものこそが、日本の本質だと思う。

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で、このような議論のときに、僕がいつも思うのは、そのような極東の吹き溜まりには、もちろんゴミ(のように見えるもの)だっていっぱい溜まるわけです。

どうしても、流れ着いてしまうもの。循環しているわけでもないから、そこに勝手に居着く。決して澄んだ水だけが、存在しているわけじゃない。

鹿児島や九州の文脈で言えば、男尊女卑の価値観とか、未だに浴びるように焼酎を飲む文化とか、現代の一般的な価値観からしたら「まだそんなことやってんのかよ」と突っ込みたくなるような強く違和感を抱かれてしまいがちな慣習や文化も残っている。

でも、そこで思考停止したくないなと、僕なんかは毎回強く思うんですよね。

一般的には、そのような現代の価値基準で間違っているものがあれば、それを全体視してしまい、すべてが遅れているとみなすのだろうけれど、きっとそれさえも、そのような極東島国を形成する土壌の栄養価のひとつであるはずで。

だとすれば、それが一体どのような栄養価として機能しているのかをちゃんと見定めてみたい。

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もちろん、「だから、それが現代においても正当化されるべきだ」と言いたいわけでもなく、それが何かしらの作用を及ぼしていることは間違いないのだから、そこにも目を向けましょう、ってことを言いたいのです。

頭ごなしに否定や批判をするだけでなく、せめてそれぐらい寛容な心で眺めてみたいなあと。そうしないと、本当の意味で見えてこないものは山ほどある。

少し比喩的な表現を用いると、その土地で今も生きているもの、その呼吸にちゃんと耳を澄ましてみませんか、ということを提案したいんですよね。

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生きたまま、そこに残り続けている。その凄さに、もっともっと感動したい。

そうやって完全に時代に取り残されたことによって、ときどき時刻がピッタリと合ってしまう。

にもかかわらず、いつもグローバルの交易の中心にあるヨーロッパのように、南北東西すべてが他の国とつながっている国と同様にしようと息巻いていたら、ずっと「5分遅れの時計」みたいになってしまう。

さらにそれは、自分たちの風土の上に立ちあらわれた文化でもないわけなので、一生を通じて借り物みたいな状態にもなってしまう。

たとえばそれは、日本がどれだけ頑張っても「洋服」の本家になれないのと同じことです。

一昔前の、DCブランドの御三家のようにグローバルで頑張れば頑張るほど、追随する側になるだけであって、結局伝統のある「ハイブランド」に一番美味しいところはすべて持っていかれてしまうことにも、とてもよく似ている。

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追いつけ追い越せは、本家本元の思うつぼ。

ノーベル賞やアカデミー賞を欲しがってしまう時点で、その決定側の論理に飲み込まれてしまうわけですからね。

それは、自分たちのアイデンティティを自ら自発的に捨て去っているようにしか思えない。

そうじゃなくて、外来のものであったとしても、極東島国の吹き溜まりで、長い時間をかけて腐食する、発酵することのほうが大事なだろうなと思います。

ファッションの文脈で言えば、そのようにして変化したストリートブランドやロリータファッションのようなもののほうが、まだ日本らしさ、独自のものさしが生まれてくる可能性は高いと僕は思います。

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最後に、僕はもっともっと、極東島国としての吹き溜まりの中に存在する可能性みたいなものを見出してみたいなと思いますし、それを残してきてくれた先人たちへちゃんと敬意を払いたい。

それが自分たちの国のアイデンティティそのものだと思うし、それを恣意的に排除した日本は、もはや「日本」とは言えないような気がするからです。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。