先日こんなツイートをしてみました。

https://twitter.com/hirofumi21/status/1228874923566755841

「薬があるから大丈夫。」

「法を犯していないから大丈夫。」

そういう言い分をする人ほど、自己の身を滅ぼしていく。そんな姿をこれまで何度も見てきました。

過去の歴史上の人物だけでなく、現代SNSを覗いてみても、現在進行形で散見されると思います。

特に、時代の変わり目においては、薬も法も劇的に変化しているタイミングだからこそ、足元がすくわれやすい。

そんな時に必要なのはやっぱり、それらを超越した「思想」や「哲学」「道徳」になってくるのだろうなあと思います。

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昨夜、西郷隆盛の『南洲翁遺訓』の回も観てみました。

参照:100分de名著 西郷隆盛“南洲翁遺訓” 第1回「揺らぐ時代」 -NHKオンデマンド https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078144SA000/?capid=sns002

西郷隆盛は、法の上位概念に存在している「思想」や「哲学」「道徳」などを「天」と称し、「天」という概念をとても大切にしたひとです。

西郷隆盛が語られる時に、必ず用いられるあの有名な「敬天愛人」という言葉にも込められている「天」です。

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僕が昨日、解説者の先崎彰容さんの言葉で、とてもハッとしてしまったのが、以下の言葉です。

「(人間は)『天』という存在を信じれなくなった時、自負心だけが残ると自己絶対化が始まる。」

これを聞いた瞬間、上述したひとたちが身を滅ぼしていった理由はこの「自己絶対化」なのだと、確信しました。

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以前このブログでもご紹介したことのある内村鑑三の『代表的日本人』。

内村鑑三はこの書籍の中で、西郷隆盛を以下のように評価します。

ー引用ー

天と、その法と、その機会とを信じた西郷は、また自己自身をも信じる人でありました。

「天」を信じることは、常に自己自身を信じることをも意味するからです。

ー引用終了ー

ずっと、自分でもわからなかったんです。

なぜこの1年、突如として心身を整え始め、必死で「名著」に学ぼうとしているのか?

それはこれから訪れるであろう更なる乱世の中で「自己を絶対化してしまい、この身を滅ぼしてしまわないように」なのだなと。

つまり「薬」に頼らないように自己の心身を整えて、現代における「法」に惑わされないために、「思想」や「哲学」を学ぼうとしているのだと。

やっと、自己の目的がハッキリとしてきました。

今年は引き続き、賢人たちが書き残した名著からその片鱗を学び続けつつ、心身を整えていく年となりそうです。