昨日こんなツイートをしてみました。


この「考える」ことに関連して、近頃よく思うのは、なにか起業したり、転職したりする際に、散々地ならしされたところに自分自身が参入しまう事例を本当によく見かけるなあということです。

一方で、自分自身はその事業自体をものすごく攻めている事業だと勘違いしてしまっている。

なぜなら、数年前に自分が消費者(受け手)の立場として純粋に憧れていたときは、そのジャンル自体が非常に攻めていることだったから、です。

起業家やインフルエンサーのような人々が、道なき道を進んでいる姿に憧れて、自分自身もその業界に参入したけれど、タイミングが変われば、その意味合いもまったく変わってくることに気づけない。

このズレに対して自覚的になることって本当に大事。

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たとえ同じジャンルに参入できたとしても、それは当時の自分が一番嫌悪していたようなものを再現している可能性がある。

たとえば、5年前に比べて「地方、サウナ、カレー、クラフトビール」などは、その意味合いがまったく変わりました。

5年前にいち消費者として「カッコいい!」と思って、やっとの思いで自分自身が提供する側に回ってみても、それってもう5年前の自分が憧れた◯◯じゃないという現象は本当によくあります。

対象それ自体に変化はなくとも、対象に対する世間の評判や認識の意味合いが全く変わっているということです。

15年以上前なら「東京、テレビ、ファッション、美食」なんかがトレンドのど真ん中だったのでしょう。

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そもそも、自分が再現できているということは、その道を歩むための環境が整いきったということの証拠でもあるわけですよね。

だからこそ、自分のような人間でも参入できているのだと思ったほうがいい。

準備することにいつまでも時間をかけていると、そうやって参入障壁が一気に下がっているタイミングで、自らもその他大勢と一緒に参入してしまうというような状態が頻繁に起きてしまいます。

参照:  地方の町が、内装や商品のデザインで集客をした際に必ず生まれて...

ゆえに、先行者利益を狙って、なんでもかんでも誰よりも先に飛びつけと言いたいわけではありません。(それが正攻法のひとつであることは理解はしている)

僕が本気で思うのは、たとえ世間の評判や認識がどう変化したとしても、自分が本気で取り組みたいことを、しっかりと見定めることのほうが大事だなあと。

そして、その上で世間の時流との交差点も虎視眈々と狙い続けること。

もし、いま最先端のトレンドに飛びつこうとするのであれば、今回のブームではなく、数年後から数十年後にやってくるリバイバルブームまで、淡々と待ち続けられる覚悟を持つことができるかどうか。

逆にいえば、次の数年のトレンドというのは、今は誰も注目していない分野に存在していることは間違いありません。

世間に流されずに粘ることと、タイミングを見計らうこと、この両方の感覚を同時に持ち合わせていることが本当に重要だと思いますし、それこそが「考える」ということの本質でもあると思います。

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それを実践する中では、無風状態の中で無視され続けることもあるだろうし、逆に風当たりが強すぎて炎上することもあるでしょう。

でも、どちらの状況に置かれようとも、自分がこの道で絶対に挑戦してみたいと思うことを見つけられることが、ものすごく大事なことなのだと思います。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても今日のお話が何かしらの参考となったら幸いです。