最近、自分の「時間」の使い方を抜本的に見直していて、様々な本を読み漁っています。

参照:‪僕らが学ぶべき3つの配り方。 | Wasei Salon

その上で、行き着くのはやはり「依存症」の話。

特に行動に対する依存症の話は、よく見かけるようになりました。

わかりやすいところだと、SNSを見ずにはいられないとか、ダラダラYouTubeやNetflixを見てしまうとか。

運動依存症のようなものにも近いです。(筋トレせずにはいられないなど)

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「努力の娯楽化」などを称賛していたのに、行動の依存症は否定するのか?

そう思う方もいるかもしれないのですが、個人的には矛盾しないと思っています。

参照:‪倫理観と誠実さを持ち合わせ、人柄が良くセンスあるヤツが勝つ時代。 http://inkyodanshi21.com/lifestyle/10362/

依存症になっている自分に気がつき、それを認知することが大切。

概念的な話ですが、ひとつ上の視点からいまの自分を眺めることで、新たな視点を獲得する、そのプロセスを行えるかどうかが大事だなと。

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これって現代における議論でも、とっても大切なことだと思っていて。

多くのひとは、自分の主義主張の中に、客観的な視点を持ち合わせることができない。

むしろ、主義主張が常に一貫していることが「信念」だと思いがちです。

でも本当は、何かに没頭して自分なりの信念を獲得したら、それをまたひとつ上の視点から客観的に眺めてみることが何よりも重要で。

そうして、気がつく不完全性を、また次の信念に活かして、自己をアップデートしていく。

参照:‪「SNSという空間は、諸刃の剣である」ということを肝に銘じる。 http://inkyodanshi21.com/blog/4343/

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つまり、そうやってハマって、気づいて(立ち止まって)の繰り返しで、ひとは成長する。

というか、人間はそんなふうに振り子のような体験を繰り返すことでしか、成長できないと思うんです。

主観的な視点と、客観的な視点を同時に獲得することは不可能。(可能に見えているひとも、高速に行ったり来たりを繰り返しているだけ。)

この7年間、僕は主にインターネットに深くハマってきました。

ここでもう一回、自分が何にハマって来て(依存症になっていて)、これからはどうしていきたいのか?を客観的に考えるタイミング。

なんだか、そんな気がしています。

いつもこのブログを読んでくれている方々にも今日のお話が何かしらの参考になったら幸いです。