昨日も書きましたが、最近は時間に関する本を読み漁っています。

そうすると、やっぱり頻繁に出てくるのは「外注する」という概念。

自分がやらなくてもいいことは、ドンドン他者に任せて、丁寧にお願いしていく。

以前もこのブログに書いたことです。

参照:‪ググレカスの代償。 | Wasei Salon
https://wasei.salon/blogs/ac8539403aaf

ググレカスの代償。

鳥井弘文
09/24 11:07


でも、ここにひとつ落とし穴があるなあと思いました。

自分がやらなくてもいいけれど、自分がやりたいこと、心が満たされるようなことまで「まわりがみんなそうしているから」という理由で外注してしまう。

今日はそんなお話を少しだけ。

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たしかに生産性を高めることは、重要です。

参照:‪地域へ移住する人にも意識して欲しい「生産性」の話。 http://inkyodanshi21.com/books/10052/

ただ、その場合であっても、自分にとって「優先順位」をつけることは大事なのだろうなあと。

なにが心を満たす瞬間なのかは、当然ひとによって異なります。

そして、それは大抵の場合、日常的すぎて本人も気づいていないことが多い。

ここでも、自分で客観的に判断して、自分の頭で考えないといけないわけです。

「あっ、これをやっているときに自分は生き生きしているな」と。

そうしないと、何でもかんでも外注してしまった結果、余暇の時間はたくさん生まれたとしても、ドンドン死んだ目になってしまいます。

僕の場合、どれだけお金が増えたとしても、パーソナルスタイリストのようなひとに、自分の服選びをお任せするようなことはないと思います。

なぜなら自分で調べて、探す時間こそが至福の時間であり、今のところ全く手放したくない時間だからです。

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逆にいうと、「それが楽しいんじゃん…!」ってまわりが思っているようなことも、自分にとっては自分がやる必要がないと思う虚無の時間だとしたら、外注したっていい。

大切なことは、何が自分にとって心を満たす瞬間なのか?

それを極限まで主観的になって、見定めることです。

このときに、他者の評価軸は参考程度で構わない。

また、そのためにこそ、たくさん自分で経験をしてみる必要があって、旅に出たり、人に会ってみたり、住む場所を変えてみたりしたほうがいいのだと思います。

生きるとは、自分の満たされる瞬間をひとつずつ確かめながら、自分の納得感を獲得していく作業そのものなのかもしれません。

いつもこのブログを読んでくださっている方々にとっても、今日のお話が何かしらの参考になったら幸いです。