昨夜、Wasei Salon内のオンラインイベントで、伊藤亜紗さん著『手の倫理』の読書会が開催されました。

あまりのおもしろさで、今朝になってもその余韻から抜け出すことができません。

サロンメンバーの皆さんには、ぜひアーカイブ動画を観てみて欲しいなあと思います。

今日は、読書会の内容というよりも、このような読書会を当たりまえのように開催するようになった時代の変化について、

この5年間で大きく変わったことを書いてみたいと思います。

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今から5年前に、この本をインターネット上で読書会するようなことは考えられなかった。

もっと声の大きなひとたちの本、いわゆる「成功者」と呼ばれるようなひとたちの本を読み解こうとする流れが主流だったかと思います。

いや、もしかしたら今もそうかもしれません。

でも僕らは2021年現在、盲目のひとたちや障がいを抱えた方々の世界の認識の仕方が描かれている本に目を向けています。

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ひとつ大きな変化としては、マイノリティの方々の声がSNSを中心に、ここ数年で可視化されるようになったことは大きいと思います。

その結果、僕ら健常者(マジョリティ)にとって、まったく知らなかった世界を知ることができるようになった。

そして、自分たちがその視座から生まれた価値観や考え方に大きな影響を受けていて、日々その恩恵にあずかっている(タダ乗りしている)ことにも気づかされるようにもなってきた。

駅のホームに設置されているエレベーターなんかは、とてもわかりやすい例だと思います。

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そして、そのマイノリティのひとたちが体験している世界、その解釈をわかりやすく翻訳してくれている「翻訳者」の存在も大きいと思います。

「彼らが感じ取っている世界を、こうやって解釈してみると、私たちが普段見ている世界はもっともっと違った形に見えるよ」と。

さまざまな研究を通じて、みんながまだ気づいていない世界の価値観を発信し、従来の固定観念をドンドンと覆してくれる伊藤亜紗さんのような翻訳者の存在(橋渡しをしてくれる存在)がインターネット上に現れてきたことも、とても大きな変化だなと思います。

SNSの力によって、その翻訳者のひとたちが語る話のおもしろさに耳を傾けるひとたちもドンドン増えてきた。

それはまるで、誰も見向きもしなかった地味な茶器に新たな価値を見出して世界をガラッと変えてしまった千利休のよう。

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「商業出版には見合わない、マスメディアでは視聴率がとれない」そんな理由で、

このようなお話は、これまで大学や研究所のようなアカデミックな機関の中だけに限られていました。

僕ら一般人に届くこともあまりなかった。

しかし現代においては、そんなマイノリティのひとたちが感じ取っている世界の見方や認識の仕方こそが、私たちと同等、いやそれ以上に優れている面があるのだと多くのひとが気づき始めている。

福祉やボランティアといった「弱者救済」の観点ではなく、この世界をより良いものにアップデートしていくためには、なくてはならない視点として。

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そんな視点の魅力に取り憑かれた人間同士が、zoomやオンラインサロンの力によって、昨夜のように簡単に集えるようになったことも非常に大きな変化だなと思います。

時間と空間を超えて、対話する機会や考える機会を他者と共有することができるようになったわけですから。

この変化によって、さらに興味関心の輪が加速度的に広がっているように感じます。

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近年、経済も金融も政治も、すべてが頭打ちをしているような状況です。

もう、これまでの価値観だけでは通用しなくなってきたことは誰の目から見ても明らか。

声の小さなひとたち、もっと言えば自分自身の内側に、これからを生き抜く新たなヒントがあるのだと多くのひとたちが気づき始めているのだと思います。

だからこそ、「その新たな価値とは一体何なのか?」それを学ぶ時間を確保することが、今とても重要になってきているなあと感じます。

それは以下のツイートにも書いた通りです。



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そんな意味でも昨夜は、とても貴重な経験をすることができました。

昨日の読書会に参加してくださったみなさん、そしてこのWasei Salonをいつも一緒につくりあげてくださっているメンバーのみなさんには感謝してもしきれません。

本当にどうもありがとうございます。

これからも引き続き、このような機会を積極的につくっていくことができたら嬉しいです。

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4月に開催されるWasei Salonの外部向けイベント兼体験会はこちらです。