僕は文字を目で読むよりも、音声を耳で聞いたほうが理解しやすいタイプの人間です。

ゆえに、もう12年以上オーディオブックを活用してきました。

そもそも人間には2種類のタイプが存在していて、視覚優位と聴覚優位の人間がいる中で、自分は聴覚優位の人間だからそうしているのだと勝手に思い込んでいました。

つまり、あくまで「個人の特性の問題」であると。

でも先日配信された「オーディオブックカフェ」の最新回で、糸井重里さんとオーディオブックについて対話している中で、ものすごくハッとしたことがあります。

それは、音声のほうが文字よりも理解しやすいのは、「聞く」のほうが「読む」よりも人間にとってより原始的な方法だから、なのだと。

ーーー

この点、たしかに文字がこの世に生まれてきたのは、たかだか5000年ほど前です。

一方で、口と耳を用いて音声でコミュニケーションを取ってきたのは、もっともっと人類の初期の段階から行われていたわけですよね。

人類がホモ・サピエンスになる以前から、言葉を使ってコミュニケーションしていたと考えると、少なくとも10万年以上前から人類は、「話す」と「聞く」をひたすらに繰り返してきたわけです。

その10万年の中のたった5000年だけが、文字を用いてもコミュニケーションをするようになったわけです。

そして国民全体の識字率で言えば、識字率が100%近くなったのはもっともっと最近で、明治維新後からだから、100年ちょっとの話でしかない。

だとすれば、文字でのコミュニケーションよりも音声でのコミュニケーションのほうが圧倒的に理解力が深まりやすいのは、人間の身体の構造上、当然でもあると言えるわけです。

糸井さんは、小林秀雄さんや吉本隆明さんなどのお名前をあげながら、どれだけ難解な書籍を書くようなひとの難しいお話であっても、本人の講演会の音声ならある程度は理解できることを通じて、このことを丁寧に説明してくれました。

詳しくはぜひ、糸井さんご本人の言葉を通じて聞いてみてください。

‎オーディオブックカフェ:Apple Podcast内の#25    ゲスト・糸井重里さんが来店!オーディオブックを聴くという贅沢な時間

ーーー

どうしても僕らは、生まれてきたときから「文字」が当たり前のように存在し、学校で教科書を用いてそれらを利用しながら学んできてしまったから、文字自体がものすごく「原始的な手段」だと勘違いしてしまいがち。

でもそれは、いま生まれてきた子どもたちが、スマホやインターネットという技術が生まれた瞬間から当たり前のように存在している状況とまったく同じであって、それが「人類普遍の原理」だと勘違いしてしまっている状態とまったく一緒なのだと思います。

しかし、そうじゃないことを僕らはよく知っています。

人間の身体(脳)の進化が、まだまだ全然インターネットに追いついていないことも、自らの経験を通じて痛いほど理解できている。

そう考えると、文字を使える人間というのは、現代においてインターネットやデジタルデバイスをバリバリと使いこなして仕事している一部の最適化できている人間と大して変わらないわけです。(5000年前の人間からすれば)

その違和感に対して突っ込んでくれるひとが現代には存在しないだけで。というか、そもそもそれを突っ込んでくれるような視座や視点が「書物」によって残っていないのです。当然ですよね、文字を用いていないのですから。

インターネット上にある議論のすべては、インターネットを使える人間によって書いているという当たりまえの事実と、同様の話です。

だから、文字やインターネットに合わせた身体的な進化も人工的に加速させてしまおうとしているのが、今の最先端の科学技術だと思います。

実際にそんな日が訪れる日も近いのかもしれない。

しかし、少なくとも、いまの僕らの生身の身体(オーガニック)においては、文字より「口伝」のほうが圧倒的に馴染みのある技術であり、そのために自らの身体を何万年もかけて進化させてきたのは言うまでもありません。

ーーー

この点、「物語(ストーリー)」という形式においても、今では当たり前のように小説などの形式で本にまとまっているから、最初から「読み物」として生まれてきたのだと勘違いしてしまいがち。

でも、人類において一番最初のストーリーは「神話」や「民話」のようなものだったはずで、それらはずっと口伝によって伝えられてきたわけですよね。文字で書き記すことができるようになったのはここ数千年の話です。

この日本においても、稗田阿礼たちによって『古事記』のような文章の形で「神話」がまとめられたのは、今からたった1300年ほど前。

当時の様子を、現代風に置き換えると「ブロックチェーン上に記したら、改ざんされないじゃん!」という新しいテクノロジーを用いてみた感覚と、それほど変わらなかったと思うのです。

ーーー

それぐらい人類にとって、文字というのはまだまだ新しい技術でしかない。

あまりにも自分たちにとってそれが当たり前すぎて、同時代に生きている人間が誰ひとり疑っていないから勘違いしているだけで、このような逆転現象が存在していることを、しっかりと理解し把握しておく必要があるなと思います。

なぜなら、そうすることによって、人間にとってより原始的で身体に最適化された手段は何かを理解することができるようになるから。

それは文字という技術を否定しているわけではなく、現代における最先端のブロックチェーン技術なども含めて、すべての技術を対等・並列に眺めることによって、場面に合わせた最適な手段を選べるようになるはずだからです。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっては、今日のお話が何かしらの参考となったら幸いです。