奈良に長期滞在していると、この土地が本来持つ力を思い知らされることが多いです。

大和三山の不思議な二等辺三角形に囲まれた藤原京の話などを持ち出すまでもなく、

なぜだかわからないけれど、一歩足を踏み入れたら、この土地それ自体に何かを目覚めさせる力があると確信できてしまう感覚。

都会で暮らしていたころは、「自分ひとりの力で生きているんだ」という傲慢な気持ちだったのに、今はこの土地(自然)に生かされているんだと感じさせられます。

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ただ、どうしてもこういった土地の持つ不思議な力の話を始めると、どうせ風水的な話だろうと批判され、現代人には敬遠されてしまいがちです。

でも、僕が中国で暮らしていたときに、現地の方から聞いた話だと、中国において風水というのは、長い歴史のうえに成り立っている統計学のひとつなのだと。

何千年も続く歴史の中で、必ず水没してしまう地域と、そうではない地域がある。同じように、自然とひとが集まってくる地域と、ひとが去ってしまう地域もある。

そんな土地の傾向を分析したのが、風水の一側面なのだと聞いたことがあります。

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現代社会では、SNSを中心に綿密な広報戦略を仕掛けることで、どこにでも瞬間的にひとを集めることが出来るようになりました。

だから「場所なんて関係ない」と叫ばれることが増えてきた。

でもそれは一時的な話であって、長期的に見ると自然とひとが集まってくる場所と、何度開発してみても、やはり自然とひとが離れてしまう場所が存在するのだろうなあと感じます。

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そんなことを漠然と考えながら、この週末「第5集」が配信されたことをきっかけに、前々から気になっていた『東京リボーン』を見始めました。

これがとってもおもしろい!

参照:NHKオンデマンド NHKスペシャル 東京リボーン

まず、「東京オリンピック」というスポーツ行事のために、これほどまでに東京が大改造されていたことに驚かされました。

そして、このコロナ騒動が起きたあと、改めて「第1集」から見返すと、つい3年ほど前の話なのに、なんだか遠い過去(歴史)の記憶を見せられているかのような気分になります。


そして、何よりも僕が一番驚いたのは、ここで描かれているような東京の土地の構造や歴史を自分が全く知らなかったということ。10年以上も住んでいたにも関わらず、です。

明治から何度も何度も新たな計画で上塗りされて、その設計図や完成予想図を誰も持っていない状態で、つぎはぎだらけの街、それが東京。

まるで「ハウルの動く城」のようだなあと思ってしまいました。

良くも悪くも、未来の姿が誰もわからないままひたすら何かに突き進んでしまう様子は、とても「日本的な何か」を感じてしまいました。

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現代人にとって、土地に限らず、天気予報などもすべて、スマホ頼り。

雨雲レーダーや、気象庁の警報に従って行動を決定し、その予想が外れれば専門家に対して文句を言う。

でも僕の地元である函館のような港町に住んでいるおじいちゃんやおばあちゃんたちは、当たり前のように天気を予測できていました。

現代人から見ると、まるで魔法使いのように感じ、スピリチュアルな存在に映るはずです。

しかし、ちゃんと土地とつながって生きていたころは、それが日本人にとって当たり前の「霊性」だったのだと思います。

参照:「大人の自由研究」中間報告会を終えて。 | Wasei Salon



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あたり一面すべてコンクリートに埋め立てられてしまった土地に住んでいると、全ての土地が等しいように思えてくる。

しかし、ホントは全くそんなことはないのかもしれません。

人間なら誰しもが本来持ち合わせている直感力を、少しずつでもいいから、ゆっくりと取り戻していきたいなあと思う今日このごろ。

いつもこのブログを読んでくださっている方々にとっても今日のお話が何かしらの気づきにつながったら幸いです。