昨日、Xにこんなことを書きました。 

たぶんなんですが、でもかなり高い確率で、来年から再来年あたりには「フルリモートワーク」という働き方が、完全終了すると思う。

いま現在、フルリモートで働いているというひとは、なるべく早いタイミングで、その代替手段を考えておいたほうがいいんだろうなと。


https://x.com/hirofumi21/status/2117067301057159384

この投稿が、なぜかプチバズして、多くの方に届きました。賛成も反対も含めて、いろいろな反応をいただいています。

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で、その反応を読みながら、僕自身、とても勉強になるなあと感じたことがありました。

それは、僕の中ではつながっていた話が、短い投稿を通すと、思っていた以上に違う問いとして届くんだな、ということです。

僕がいちばん気になっているのは、仕事をする場所がどこになるかよりも、その先の話なんですよね。

フルリモートという仕事の仕組みは残っていても、そこに「生身の人間の働き手」が残っているとは限らないのではないか、ということです。

少し長くなりそうなので、前後編に分けて、その間にある話を、もう少し丁寧に書いてみたいなと思います。

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まず、前回のブログでは、Wasei Salonを完全紹介制・招待制にしたい理由として、「オンライン上で、人間とAIの見分けがつかなくなる未来」について書きました。

参照:【前編】Wasei Salonを完全紹介制・招待制にしたい...

たとえば、あるコミュニティに、その場所の価値観をよく理解し、誰に対しても親切で、みんなから好かれるひとが入ってきたとする。

でも、一年ほど経ったあとで、実はそのひとはAIだったとわかったら、どうなるのだろうか、そんな場面を想像しながら書いたブログです。

そこで怖いと思ったのは、僕らが安心するために大切にしてきたものが、相手からすれば、僕らを安心させるための材料にもなってしまうことでした。

日々のブログや、コミュニティ内でのやり取りなど、その場所が何を大切にしていて、どんなひとを信頼するのか、もそう。

そうした文脈をAIが読み込んで、その場でいちばん好かれる振る舞いを演じられるようになったら、丁寧に面談をすることさえ、安心の根拠にはならなくなるかもしれない。

「あのひとは、うちのことを本当によくわかってくれている」と感じた、その感覚自体が逆に利用されてしまう可能性がある。

これは、僕自身がこれまで信じてきたことに対しても、かなり痛いところを突いてくる話でした。

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で、ここから先は、同じことを「仕事の場面」に置き換えて考えてみたいんです。

もし、AIがその職場の文脈を理解して、感じよくコミュニケーションを取り、さらに必要な仕事の成果まで、十分な品質で出せるようになったとしたら、雇う側は、その仕事を、引き続き「生身の人間」にお願いするでしょうか。

もちろん、親しく会話ができることと、仕事を任せられることの間には、まだ別の条件があります。ここで考えたいのは、その仕事を任せる条件まで整いきったときの話です。

コミュニティであれば、「あの時間を一緒に過ごした相手は、一体誰だったんだろう」ということが、切実な問題になる。

でも、事業を回すという目的、利益を出すという目的であれば、「必要な成果が得られるなら、AIでも構わない」という判断も、十分にありうると思うんですよね。

ここで、今日のタイトルにある問いが出てきます。

「経営者は、なぜフルリモートを推奨するのか?」

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一見すると、逆じゃない?と思うかもしれません。

だって、フルリモートを続けたいのは、働く側、労働者のほうでしょう、と。

一方で、経営者のほうは、社員に会社に来てほしいと思っているのではないか。そんな構図を思い浮かべるひともいるはずです。

でも、もしこれから先も「うちはフルリモートを来年以降も続けますよ」と宣言する経営者がいたとしたら、その言葉が約束しているのは、一体どこまでであり、いつまでなのでしょうか。

「仕事を進める仕組みは変えません」ということと、「これからも、あなたにその仕事をお願いします」ということは、決して同じではないかもしれないわけです。

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で、今回のプチバズした投稿には、こんな趣旨の反応もありました。 

「AIが人間と同じ成果を出せるなら、それでよくない?    わざわざオフィスを借りて人間を出社させるより、そのお金をAIに使ったほうが合理的でしょう」


これは、経営する側の立場からすれば、ホントにその通りだと思います。

必要な仕事が十分な品質で回り、運用にかかる費用も下がるし、そうして事業を続けられるのであれば、AIに任せる理由がある。

僕自身、背に腹は代えられない状況になっても、自分だけは絶対にそうしない、と言い切れる自信はありません。上場企業の経営者であれば、なおさらのことだと思います。

でも、だからこそ、そこで働いている人にとっては、気になる話でもあるはずです。

その合理的な判断の中で、これまでその仕事をしていた人の給料は、一体どこにいくのか、と。

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画面越しのやり取りと成果物の受け渡しだけで事業が回っているなら、その会社には、本人の身体が同じ空間にいなくても、仕事を進められる仕組みが、すでにできあがっているわけです。

そのうえで、必要な成果までAIが代替できるようになったら、人間に任せ続ける理由は、一切残らない。

フルリモートワークの先にいる生身の人間を、全部AIエージェントに置き換えて、事業が回るなら、それでいい。

そして、その仕事のために、生身の人間を自宅勤務で雇い続ける必要も、まったくないわけです。

それでも会社は続くし、仕事も回る。これまでと同じように、オンラインだけで必要なものが粛々とすべてやり取りされているから、ですよね。

ただ、そこから、生身の人間の働き手、労働者たちだけが抜けている状態。

僕が「人間のフルリモートが終わる」と書いた背景には、こういう可能性への懸念があります。

つまり、フルリモートという仕組みが存続することを、そのまま、自分がそこで働き続けられることの根拠にしてしまっていいのだろうか。

僕は、そこがずっと気になっているんです。

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そして、ここには、もうひとつ、少し物騒な可能性もあると思っています。

たとえば、社員が日々の仕事をしている間に、その仕事の手順や判断、顧客への対応が記録されていたとする。

その記録を手がかりに、会社が少しずつ、AIに引き継げる仕事の範囲を広げていたら、どうでしょうか。

社員は、毎月お給料をもらいながら、目の前の仕事を一生懸命こなしているけれど、その一方で、その働きぶりが、自分の仕事を引き継ぐAIエージェントを育てる材料にもなっているわけですよね。

言ってみれば、お給料を受け取りながら、自分のクローンをつくるための素材を、一生懸命、会社に対して手渡しているような状態です。

かなり強い言い方をすれば、働いているつもりの時間に、「検体採取」も同時に進んでいるようなもの。

会社の魅力的な看板に惹かれて入社をし、フルリモートという働きやすい条件にも満足していたけれど、その会社が自分を必要としている期間は、AIへの引き継ぎが終わるまでだったとしたら…。

そう考えると、少しゾクッとしますよね。

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もちろん、そんなことを最初から計画して、社員を採用していると決めつけたいわけではありません。

この可能性は、経営者に最初から悪意がなくても、成立してしまうところがポイントだと思います。

仕事の仕組みが変わり、会社の状況が変わり、AIに任せられる範囲が広がっていくと、その結果として、これまでお願いしていた仕事が、なくなってしまうことはあるかもしれない。

そのとき、会社が「この仕事はなくなったけれど、このひととは、これからも一緒にやっていきたい」と思ってくれるかどうか。

ここに、ひとつ大きな分かれ道がある気がしています。

そのひとにお願いしていた仕事がなくなったら、関係もそこで終わる。会社にとって、そのひとは、仕事を受け渡す相手としての「外の人」だった。

そういう関係もあるでしょうし、お互いにそれを理解したうえで働くのであれば、それもひとつの選択です。残り時間は圧倒的に少ない条件付きですが、タクシー運転手なんかと一緒です。

いま現在、働き方が柔軟かつ給料がいい仕事であることは間違いない。

ただ、働く側だけが「この会社は、自分のことをこれからも大切にしてくれるはずだ」と思っていたとしたら、そのズレは、正直かなり大きいだろうなと。

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ここで、最初の問いに戻ってみると、経営者がフルリモートを推奨する理由にも、いくつかの可能性が見えてきます。

もちろん、ほんとうに働くひとの暮らしや、場所に縛られない働き方を、大切にしているのかもしれない。

でも、必要な成果さえ届けば、その仕事を誰が担うかには、こだわらなくてもよい。そういう事業の仕組みができているからこそ、安心して「フルリモートを続けます」と言える場合もあるのではないでしょうか。

これからAIエージェントがもっと優秀になれば、すぐに置き換えて、これまで通り粛々と事業を進める事ができるのだから。

これは、ものすごく良くできたヘッジです。どっちに転んでも、経営者としては痛くない。ここで危険なギャンブルをしているのは、フルリモートワークで働いている社員のほうです。

だから「うちは、来年以降もリモートワークを続けますよ」というその優しい言葉の中に、僕らは、どこまでの約束を読み込んでいるのだろう、とマジメに思ってしまいます。

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じゃあ、仕事をAIに任せられるようになったあとにも、「あなたと一緒にやっていきたい」と思える関係は、どうやって育てていけばいいのか。

この先は、僕がこれまで何度も書いてきた「内の人」の話にも見事につながっていきます。

そして、みなさんがいま勤めている会社を、いつか降りるかもしれないバスだと考えたとき、乗っている間に一体何を育てておくのか、という問いにもつながります。

明日の後編では、そのあたりを、もう少し掘り下げてみたいと思います。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のこのお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。