先日配信したVoicyのあと、それを聴いてくださったけんすうさんのSWCコミュニティメンバーのみなさんから、驚くほどのFiNANCiEトークンを贈ってもらえて、本当にビックリしています。


合計で350トークン以上、僕のところに贈られてきました。

さらに、このトークンを贈るために、コミュニティメンバーのみなさんが、僕の過去の投稿を必死で探し出そうとしてくれて、それをまるで宝探しのように楽しそうに行ってくれることが本当にありがたかったです。

僕が実際に投稿した投稿からじゃないとトークンを送ることができないから、結果的にそうさせてしまったんですが、このあたりは早くFiNANCiEの改善がなされることを願うばかり。

でも、本当にこれはとってもありがたいし、ただの「いいね」やコメントとも異なって、この贈られてきたトークンには「不思議な重み」みたいなものを感じるなあと。

受け取ったからには、しっかりと丁寧に循環させていきたいなあとも、自然と思ってしまうのなんですよね。

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あと、個人的にとても嬉しくて印象的だったのは、Wasei Salon、SWC、どちらにも所属してくださっているユノートルさんが、FiNANCiE内で僕のVoicyを丁寧にご紹介してくださったこと。

そして、そのユノートルさんが、その後コメント欄で「鳥井さんにみんなからトークンが贈られて、なんだか誇らしい自分がいる」とおっしゃってくださったこと。

これがなんだかとても嬉しいなあと思いました。

友達と友達を、丁寧に繋いでくれたときのような感覚を感じられるなあと。

そして僕にとっても、そんな友だちの友達たちがあたたかく受け入れてくれたときのような喜びがある。

もちろん、ユノートルさんは、Wasei Salonの中でも本当に丁寧にコミュニティの意図を汲み取って活動してくださっている方だから、決してご本人の顔に泥を塗りたくない。だから自然と、その信頼に恥じない、裏切らないような行動をしようと思わされる。

このような実体験をするひとが増えてきたら、今後のオンラインコミュニティの流れも、トークンによって大きく変わるだろなあと強く実感しています。

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さて、この点、トークンは実需をつくりだしても価格は上がっていかないという話が最近語られていて、それは実際そのとおりだと思います。

だから、循環させて実需を作り出しても無駄、という論理はよく分かる一方で、ただそれは、価格をあげるための論理でしかないよなあとも思うのです。

価格が上がろうか、下がろうが、結局残るのは何かのほうを僕は考えたい。

それは、そのコミュニティ内で築かれた「人間関係」だと僕は思います。だとすれば、その人間関係に対して、広義の意味での「投資」をした方がいい。

言い換えれば、そのような人間関係を、どうすればトークンという新しい道具を用いて、好循環させていくのかを考えていきたい。

むしろ、短期的な投機的な利益よりも、そちらを耕せることのほうがトークンの本質だろうと僕は思うからです。

この「不思議な重み」を活用して、従来とは異なるコミュニケーションが生まれるところにトークンの意義や可能性が秘められているはずなんですよね。

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逆に、投資や投機をするなら間違いなく、まだ株式のほうがいい。

ここで最近、ZOZO創業者の前澤さんが「カブアンド」という新しいサービスを仕掛けてくる意味も、よくよく考えてみたほうが良いと思います。

言い換えると、未公開株を配り、web3文脈におけるトークンを選ばなかった理由というのは、丁寧に考えてみる価値があるなと僕は思う。

前澤さんが、トークンの価値に気づいていないわけがないんですよね。気づいた上で、それをあえて選ばなかったのは、つまりはそういうことだと思うんですよね。

少なくとも現時点で、トークンによって前澤さんが考えるような資本主義の富の偏在の是正、その世界観が訪れることはないと踏んだのだろうし、実際に僕もそう思います。

投資的な価値を生み出すには、まだまだトークンにはデメリットが大きすぎる。

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じゃあ、やっぱりトークンには価値がないのかといえば、決してそうじゃない。

金銭的価値が紐づいているみんなが大事にしているもの、その価値を表象していることにこそ意味があると思っています。

そんなトークンをグルグルとお互いに贈与し合って循環させていくこと、そこで生まれる新しい出会いや、その中で育まれる関係性にこそ、トークンを道具的に用いる価値がある。

ものすごくわかりやすく、ものすごく平たく言えば「友達をつくるための新たな方法」として価値があると思うのですよね。

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この点、Wasei Salonも長年運営している中で、何が一番ありがたがられるかと言えば、転職や起業ができたとか、仕事が上手くいったとか、そういうわかりやすく評価されやすいような話もいっぱいある中で、とてもシンプルに「友達ができた」ということに対して頻繁に感謝される。

これが、僕はいつも本当におもしろいなあと思います。

世知辛い世の中で、大人になってから友達ができることの価値がいま、一番アセットとしての価値が上昇している。

それは、簡単につくることができるものではないから。お金を積めば友だちができるというわけでもない。

ともすればすぐに、生産性や合理性で何でもかんでも判断されてしまう世の中で、そうじゃない価値観でお互いに繋がれることのありがたさ、って一周まわって、今ものすごく価値が高くなってきている。

具体的には、年齢や性別、肩書や役職など、そういったことに全く関係なくフラットにつながれることの価値みたいなものは、年々ドンドン高まっていっていて、計り知れないものがあるなあと思っています。

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で、そのときにトークンの重み、トークン特有の体重の乗っかり方というのは、非常に有効なんだろうなと感じています。

自分にとって、大事なものを分け与えてくれて、お互いにそれが大事なものだとわかっているからこそ「いいね」やただのコメント以上の「ありがとう」という気持ちになる。

これがもし、現金ならいやらしすぎるし、物理的なモノだったら、その価値は三者三様で不要なひとにとってはただのゴミにしかならない可能性がある。

でも、そうじゃない第3のモノとしての「トークン」の存在は、素晴らしい効果効能を発揮するなあと、自分で実際に体験をしてみて強く思います。

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僕らは子どものころ、誰かと友だちになるときに、友だちが大事にしているな何かを何気なくくれたってことって、誰もが体験していると思います。

それがきっかけでファッションが好きになったり、音楽が好きになったり、漫画やアート、その他諸々の趣味でつながるってことがあったと思う。

この感動があったから、今も続いている関係性って間違いなくありますよね。

トークンを用いて、このコミュニケーションから生まれる感動を、大人になってからもインターネット上でつくることが可能になったのだと思う。

もちろん、投資や投機的な価値として、トークンの価格が上がっていくこともそれはそれで大切なことだと思うけれど、それは価格が下がってしまえば、あとには何も残らない。

それだと、あまりにももったいなすぎる。ただの時間の無駄です。

価格の話題はひとを引き付けやすいけれど、でも本当にそれだけなんですよね。

そして構造上、今のFiNANCiEのトークン価格はどこかで急落することは、既に決定している。みんなが値上がりを期待して、いつ自分の持ち分を引き上げるのか、それだけを虎視眈々と狙っているわけですから。

どこかで大きな売りが入れば、売りが売りを呼び、急落をする。それがミーム銘柄の宿命です。

そして、そこでどれだけ大きな含み損を抱えても「投資は自己責任」と言われて、バッサリと切り捨てられてしまう。

そのような世界観のなかで、「友だち」をつくることはまず不可能だろうなあと思ってしまいます。

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一方で、スローストークンのコミュニティメンバーの方たちは、そうなってもいなくならないだろうなあという予測も働く。

だって、既にトークン価格が値下がりしても、未だにコミュニティに所属し続けて、コミュニティの活動それ自体に、しっかりと楽しさを見出して活動をし続けてきている方たちだから。

逆に言えば、金に目が眩んで、投資的価値がなくなった段階で、いなくなる人たちと関係性を構築してしまうこと自体が、時間も、お金も一番もったいないこと。

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持続可能性を担保しつつ、ちゃんと続いていけば、いつか大きく報われる日がやってくるかもしれないし、そんな日はやってこないかもしれない。

たとえやってこなくても、人と人とのあたたかなつながりはしっかりと残る。だとすれば、それを一番大事にすることが、本当の価値だと僕は思います。

繰り返しにはなりますが、そのような新たな関係性を構築するために、トークンという新しい道具の本質があると思います。

一方、投資においては、株式のほうが、まだいい。もちろん、ここがいつかトークンに変わってくる日が訪れることもあるとは思うけれども、それはまだまだ先の話。

だとすれば、スローストークンコミュニティのような使い方が、やっぱり現状の最適解だと思っています。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。