どうしても僕らは、何か新しいものを創り出そうとするときに、今よりも新たに広げようとしてしまいがちです。

付加価値という言葉に釣られて、文字通り何か新しいものを「付加」しようとしてしまう。

でも実際は、自己に制約を与えることのほうが何倍も、独創性に与える影響は大きい。

つまり独創性とは、何をしないか、何を意図的に制限するかなのだと思います。

その不作為にオリジナリティが詰まっていると言っても過言ではない。

今日はそんなお話を少しだけ。

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ここで改めて例をあげる必要もないほどに、

日本の文化の中には制約のもとに生まれた文化が数多あると思います。

雪舟の水墨画や、利休の茶の湯などなど。

でも、なんでもかんでも制約を与えればいいってわけでもないですよね。

ここで「何をやめるのか」が問題となります。

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多くの場合、自己の直感のみに従ってしまう。

でも、その制約には明確な「意味」や「理由」が求められます、自分にも社会にも。

この時に「◯◯史」という、その分野における歴史の中での位置付けが非常に重要になってくる。

先人たちは何をしてきたのか、

そして、自分はそこにどんな制約を与えてみようと試みるのか。

最初は、直感や気分で感じ取った感覚だったとしても、社会や自分に説明できるまで「意味」や「理由」を昇華させることが、ものすごく重要な作業になるのだと思います。

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最終的には、ここに点を打つことは、それまでの流れを完全に「逸脱」していると感じられるのに、

全体で観ると、ここに点を打つこと以外は決して考えられなかったと思えるほど「順応」して見えるように。

この相反する感覚こそが独創性なのだと、この年齢になって初めて少し理解できました。

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そして、これは誰もがすぐに始められることでもあるはずです。

なぜなら「やらないと決めること」、その勇気の問題だからです。

あなたは何をやめますか、自己(の成果物)にどんな制約を与えますか。

その制約を与える対象の普遍性が強ければ強いほど、独創性のあるものになっていくはずです。

いつもこのブログを読んでくださっている方々にとっても、今日のお話が何かしらの参考となったら幸いです。

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