昨日、経済学に関する本を読んでいました。

経済学の本の中によく出てくる「分業」や「比較優位」の話を読んでいて、タイトルのような問いが浮かんできました。

今日はそんなお話を少しだけ。

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人類は、他の動物とは異なり、自己の生活に必要な作業をすべて自分ひとりでは行わずに、お互いに得意なことに集中した。

ソレを互いに交換し合うことで、大きな社会を構築することができたと言われています。

そうやって分業を発展させることによって、交換から貨幣経済が生まれて、国同士の貿易まで広がっていった。

その結果、社会に与える影響や付加価値も次第に増大し、この世の中にドンドン生産されるものが増えていったのだと。

これは、他の動物よりも優れている人類の特徴として、とてもポジティブな文脈で語られる話だと思います。

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一方で、その行き着いた先が、今の世界なのだとも思うのです。

具体的には、本来人間が自分自身で経験しなきゃいけないことでさえも、僕らは分業にしてしまった。

例えば、普段食べているお肉の屠殺の現場を多くのひとは一度も見たことがないですし、そんな場所があることも知らない。

最近では、魚は切り身のまま泳いでいると本気で信じている子供たちもいるようです。

ギョッとするような話だけれども、この現象は分業の極みでもあると思うのです。

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極端な話、自分が得意とすること、担うべきこと以外は、何も知らなくても生きていられる世界。

それが私たちが目指してきた社会そのものだと思うのです、

この話は決して残酷なことじゃなくて、なるようにしてなった結果であり、

つまり我々が自ら望んで、今の世界をつくりあげてきたのだと思います。

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そして、いままさに起きている偏見や差別、環境問題なども、この分業や比較優位の発想から生まれてきた問題だと僕は思うのです。

「あなたはあなたの得意なことをしてね、他のことは考えなくてもいいよ」

そう言われて家庭や学校、組織内で育ってきたひとたちが、他者の視点を持てず、他者の気持ちも想像しないで発言、行動してしまった結果が及ぼしている問題なのかなと。

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では、私たちは本来人間として何を自分自身で経験しなければいけないのか。

それが最近の僕の問いです。


昨夜行われたWasei Salonのオンラインイベントでメンバーの皆さんにも聞いてみました。

その答えは多種多様で「生老病死を身近に感じること、他者の痛みを経験すること、身近な他者の経験を擬似体験すること」など、

様々な意見を聞かせてもらって、僕自身とっても勉強になりました。

Wasei Salonメンバーの皆さんには、ぜひアーカイブ動画も合わせて観てみて欲しいです。

そして、今日の話がいつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、何かしらの考えるきっかけとなったら幸いです。

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4月に開催されるWasei Salonの外部向けイベント兼体験会はこちらです。