対談本って基本的にはあまり売れないそうです。

以前、出版社の方に実際の数字を見せてもらったこともありますが、確かに同ジャンルの類書よりも、あまり売れていなかった印象です。

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その理由としては「読者にはわかりにくいから」だそうです。

書き下ろしであれば、読者の目線まで降りてきて、わかりやすく書く(編集する)ことができる。

しかし、対談の場合は、対談しているおふたりのコンテキストを共有していないと、そもそも内容自体が理解できない。

また、編集者としても、どこまで注釈や編集を入れるべきなのかが非常に悩ましく、読者の理解と対談の生っぽさの交差点を探るのが難しいということもあるようです。

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ただ個人的には、対談の魅力とはまさにこの「わかりにくさ」にあると思っています。

対談で語られるハイコンテキストな内容を必死で理解しようとし、たとえすぐに理解できなかったとしても、なんとか分かろうと試みることに意味がある。

ものすごくわかりやすい例で例えれば、『ドラゴンボール』で悟空とベジータが空中で戦っているところを地上から見ているクリリンのような気持ちです。

ふたりのスピードを目で追うのがやっとだけれど、そのスピード感を見られること自体が幸せだというような。

さもなければ、小さな世界(地元)で一番強い人間だと勘違いしたまま、退屈な一生を終えることになってしまうはずだから。

世の中には、もっともっと強い相手、もっともっとおもしろい世界が広がっているんだと知ることができる喜びが、対談本にはあると僕は思うのです。

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このようなことを考えるとき、いつも思い出す話があります。

それが、ジブリの鈴木敏夫さんの膨大な読書経験のお話。

鈴木敏夫さんは、「アニメージュ」の編集長時代から、スタジオジブリに移るタイミングで、宮崎駿さんと高畑勲さんの会話を理解しようとして、おふたりの教養に少しでも近づけるようにと、毎日おふたりの会話の中に出てくる書籍を片っ端からを読み漁ったそうです。

その中の一冊に、宮本常一著『忘れられた日本人』があり、ご本人もよくラジオの中でお話しています。

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対談の中で語られる内容をしっかりと理解するために、その素養を身につけようと努力する。

そうやって、知らない世界に飛び込んでいくこと自体が人生の楽しみであり、純粋にワクワクしてしまいます。

参照:人生を楽しむための教養。

だからこそ僕は、これから自分が深めていきたいと思うジャンルやテーマの対談本があったら、まずは積極的に読んでみることにしています。

そして、第一線で活躍している方々のコンテキスト(共通認識としての原理原則や、基本の部分)をできるだけ早く理解していきたい。

そんなことを考えている今日このごろです。

いつもこのブログを読んでくださっている方々にとっても、今日の拙いお話が何かしらの参考となったら幸いです。