「物欲」について、以前このような記事を書いてみました。


簡単に要点をまとめると、物欲にも「良い物欲」と「悪い物欲」があるのだと仮定し、その物欲の発生元を「好奇心」と「所有欲」に峻別してみる。

そのうえで、古い価値観である「所有欲」のほうはなるべく早いタイミングで捨て去って、「好奇心」のほうはそのまま大切にしたほうがいい。

ただし、世間においては、「物欲」という万人にわかりやすい尺度で語られてしまいがちだから注意が必要だよね、という話です。

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「物欲」に限らず、このようにひとつ上の解像度で判断し、分岐させた階層において、その良し悪しを判断したほうが良い事例が最近とても増えてきたなあと感じます。

たとえば、近年の健康的な食生活などについてもそう。

みなさんご存知の通り、以前は「脂質(オイル)はすべて身体に悪い」とざっくりと否定されていましたが、今では「良いオイル」と「悪いオイル」があると言われています。

だから、身体に悪いオイルは摂取することを極力避けたほうがいい一方で、身体に良いオイルはむしろ積極的に摂取することが推奨されていたりします。

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他にもこのような事例はたくさん存在している。

ではなぜ、ざっくりと大きく語らずにさらにもう一段階分岐させて考えた方がいいものであっても、大きな解像度で語られてしまうのか。

それは、そのほうが万人にとって「理解が容易でわかりやすいから」なのだと思います。

上述した物欲の例だと、「所有欲」と「好奇心」とに分けて「いま自分が置かれている状況がどちらなのかを判断し、振り返ってみてましょう」と語ってみたところで、大半のひとはそんな面倒くさい作業は行わない。

だったら「物欲は徹底的に避けろ!」という大きなメッセージで語り、多くの賛同者を得ながら、ある種の宗教戒律やイデオロギー化させてしまったほうが伝わりやすい。

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しかも、ここで厄介なことは、それでもちゃんと「結果が出てしまう」ということです。

結果が出るのであればいいのではないか?と思われるかもしれませんが、

そうすることで、本来大切にしたほうがいい要素までも消し去ってしまうことになる。

それは食生活のほうで考えると、よりわかりやすいかと思います。

「脂質は摂取するな!」とすることで、そのメッセージを受け取った人々の中で、肥満体型のひとはわかりやすく減っていく。

でも、そうすることによって、本来より優れて快適な身体環境が得られるにも関わらず、その効用までも失ってしまうことになるのです。

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このような大きなメッセージの流れは、これから更に加速していくはず。

なぜなら、前提条件を丁寧に積み重ねていくようなメッセージがドンドン避けられる一方で、

より短く、よりわかりやすく、より即効性のあるメッセージばかりが受け入れられていくようになるから。

一般常識という万人に共通した前提知識も次第に影を潜めていくため、万人にすぐ理解できるような解像度も粗くなっていくことでしょう。

だからこそ、ひとりひとりの防衛手段としては、直感的に「これは自分にとって役に立っている」と感じているのであれば、社会的に強く否定されているからといって、それをすぐに鵜呑みにしてしまうのではなく「本当かな?」と一度疑ってみる。

そのうえで、解像度をあげて理解してみようと、常に心掛けてみることが非常に重要となりそうです。

また、大抵の場合、一次情報やそのことを最初に主張した古典などに立ち返ることで、その誤解も避けられるため、原著にあたってみることはとても大事だなあ日々実感するところです。

そんなことを考える今日このごろ。

いつもこのブログを読んでくださっている方々にとっても何かしらの考えるきっかけとなったら幸いです。