Wasei Salonのなかで定期的に連載されている、各メンバーの転機において取材をし記事化する「わたしの一歩」というインタビュー企画。
つい先日公開された最新回は、Wasei Salonの初期のメンバーのおひとりでもある、たっけさんの記事になります。
この記事が本当に素晴らしかった!
たっけさんのこれまで歩まれてきた道のお話も然ることながら、それを丁寧に深堀りして記事にしてくださったライターの三浦希さん、そしてそのおふたりの写真を撮ってくれたカメラマンのなつみさん、
この3人のバランスが本当に絶妙で、この3人が集わなければ、決して生まれることはなかったでろうという奇跡の1本に仕上がっているなあと思います。
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この記事を読んでみてもらえると、たっけさんの歩みとともに、Wasei Salonという空間がこれまで積み上げてきたもの、今の雰囲気や文化感、そしてそこに築かれている信頼の数々みたいなものが、言葉にならない言葉として、きっと伝わってくるだろうなあと思っています。
これは、たっけさんと三浦さん、そしてそれを見守るなつみさん、それぞれの関係性とお互いへのリスペクトが見事に記事化されていて、 なおかつ全員が心からWasei Salonという場を大切にしてくれているからこそ、完成した記事でもあるなと。
それゆえになんだか「本物」の信頼が、そこに描かれてあるなあと思いました。
お金を出せば書いてもらえるというような記事ではないし、これは本当にありがたい記事だなあと思います。
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で、この記事を読みながら僕は、インタビュー記事はもう一瞬のバズや短期的な成果を求めるのではなく、コミュニティにおける長期的な信頼を可視化し、未来へと受け継がれる『スタジオ写真』のような記念碑的な役割を担っていくものになるのではないか、と思いました。
じゃあそれは一体どういうことなのか。
今日はそんなお話を、このブログの中にも書いてみたいなと思います。
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この点、最近、戦争関連のドキュメンタリーばかり観てきた時期だから、余計にそう思うのかもしれないなとは思いつつ、
現代における取材インタビュー記事は、まるで当時の人々が「写真屋さんにわざわざ出向いていって、撮影するような集合写真」のように、人生のひとつの節目を記念してつくるものへと、その役割を変えつつあるのではないだろうかと思うのです。
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かつては、写真は非常に特別なものだった。
そして、その多くは真正面を向いた集合写真のような「記念撮影」だったわけですよね。
しかし、そこからドンドン機材が進化し、今は誰もがスマホを持つ時代になって、日常を切り取るスナップ写真が主流になった。
それでも、人生の大切な節目ごとに「スタジオ」でプロに撮ってもらう写真のニーズや価値は決してなくならない。
インタビュー記事も、まったくそれと同じような道筋を辿っているように僕には思います。
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インタビュー記事はもともと、書籍や雑誌原稿のために生まれてきた。
でもそこから、インターネットのウェブメディアが発展し、もっとライトに多くの人々が制作できるものとなったわけです。
そして、2025年現在は、AIを使えばそれらしい文章はいくらでも簡単につくれてしまう。
そして今は、もはやインタビュー記事に整えるまでもなく、YouTubeやPodcastのような「撮って出し」が当たり前になりました。
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そもそも、情報をストックして残すよりも、日々のつぶやきやブログのようなフローの情報の方が圧倒的に感度が高く、そして低コストで瞬間的な価値も高いわけですから。
それでもなお、時間と手間をかけてでも残すべき価値があるもの、それが、これからのインタビュー記事が担う役割なのだと思います。
そののときに、それは人生の節目ごとで撮影する「スタジオ写真」みたいだなと思ったんですよね。
じゃあ、そのスタジオ写真は、何のために撮るかといえば、人生の歩み、それを記録し、過去から振り返って”物語る”ためだと思います。
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そう考えてくると、Wasei Salonがつくる「わたしの一歩」のインタビュー記事も、みなさんにとってのスタジオ写真的、あるいは卒業アルバムの文集のような、そんな人生の節目を切り取り、未来へと残り続けていく、かけがえのないものでありたい。
その、いちばんの目的は、もちろんメンバーさんたちとの信頼関係を築くため。
でもそれが、きっとこれからの世の中においては、結果的にコミュニティの一番の「宣伝」にもなると思っています。
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それはなぜか。
ここで僕らは、これまでの基準を一度捨ててみる必要があるのだと思うのです。
「この記事が、どれぐらいの人に読まれるか」
「この記事によって、直接的にどれぐらい売上が伸びるか」
そうではなくて、今コミュニティが対外的に見せていくべきは、コミュニティ内の長期的な信頼、そのマイルストーン的な存在だと思います。
コミュニティ自体が、未来へと続く長い長い橋を架けていく営みだとすれば、一つひとつのインタビュー記事は、その時の橋を支える堅固な「礎」であり、決して揺らがない「橋桁」みたいな役割になる必要があると思う。
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で、だとすれば次に考えるべき問いは、この目に見えない「信頼」というものを、どうやって可視化していくか、だと思います。
そのときに、あの時、あの場所に確かに存在した関係性。いつでもそこに立ち戻ることができる色褪せないスナップショットをどうやって残していくのか。
それはまるで、ある人物の物語を紡ぐドキュメンタリー番組のなかに、節目ごとに挿入される集合写真のようなイメージにも近いものだと思ったのです。
今回のたっけさんの記事がまさにそのような記事のひとつだなと思います。そして、これは古びないどころか、古くなっていったほうが、むしろ価値が増してくるタイプのものでもある。
その個々人の軌跡を、コミュニティというより大きな物語へと融合させていく必要があるということなんでしょうね。
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そもそも、人は一体何に対して「信頼」を抱くのか。
たとえば季節柄、何万人もの人々で賑わう音楽フェスがあったとして、僕たちはそのフェスに対してなにか「信頼」感のようなもの抱くのか。
おそらく、抱かないかと思います。それは素晴らしいエンターテインメントではあるわけだけれども、あくまで一過性の非日常、その賑わいに過ぎないと思うはず。
一方で、何十年、何百年と地域に根ざし、続いてきた「祭り」に対してはどうか。
たとえそれが小さな村の小さな規模であったとしても、僕達はそこに揺るぎない信頼を見るはずなんですよね。
この祭りがあるからこそ、このコミュニティ(村や町)はこれまで続いてきた、と思える何かがそこにはある。
そして、それを外の人たちがみて「あー、豊かな土着の文化がここに育まれてきたんだろうなあ」という一定の信頼をそこに抱くと思うのです。
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この違いのようなものが、今のウェブコンテンツにも当てはめて考えることができると思います。
同じ「ハレの日」を描いたものであっても、そこにはまったく異なる価値、異なる文脈、異なる意味合いが存在する。
最初のインターネットの革命は、ウェブ上でのフェスみたいなもの。バズ(ときに炎上に近い形)で、毎日ソレをつくりだすことができた。
でも、そのような熱狂ばかりでネット上が溢れかえり、つまり毎日のようにフェスが開催されていて、最初はそれが「メディアの民主化」として、とても華々しく歓迎されたのだけれども、今はその負の側面のほうが、際立ってしまっている。
リアルのフェス会場にも溢れがちな人間関係のいざこざやクレームの声、さらにはそこにうず高く積み重なるゴミを、来場者全員が目にしながらも「私には関係がない、なぜなら私はこの場に『消費』しに来たからだ」という意味で、誰も我がこととして実感していない「ゴミの山」を見せられて辟易するあの感じにもちょっと似ている。
逆に今の人々が求めているのは「長期の信頼」のほうに移り変わってきたと思うのです。
つまり、どれぐらい参加者それぞれが当事者意識を持ちながら、自分がつくっていく側にまわり、現場のゴミを率先して拾ったり、より良い場にしていきたいと願っているか、その感覚のほうが大事になってきていると思うのです。
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そのような場において人は、時間をかけて丁寧に育まれた関係性が、確かに根付いているなと感じられると思うのです。
深く深く根を張り、健やかに伸びていく木のような、オーガニックな成長物語があることに対して、そこに豊かな土壌があることを間接的に感じ取る感覚なんかにも非常によく似ている。
そんな御神木のような樹木が目に入れば、それを手入れをするひとたち、それを大切に守ってきたひとたち、その連綿としたつながりや文化の伝承、そんな面影をそこに深く感じ取ることができるわけだから。
だとすれば、そのような樹木をしっかりと大切に扱っていくことが大切で。
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間違っても、それをすぐに切ってしまって、広大な空き地をつくり、そこに巨大なステージをつくって、海外アーティストを呼んできては、その海外アーティストを消費したい目当てのお客さんたちから巻き上げることではなく、なんですよね。
鎮守の森のような御神木に囲まれた神社のやしろのまえに、櫓を組んで、夜な夜な盆踊りをするようなイメージです。
死者や先祖たちとつながり、畏敬の念や畏怖の念を抱くような関係性のほうが、信頼関係は可視化されやすい。
そのような光景のほうが、確かな信頼を覚えるはずなんです。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が『日本の面影』のなかで、日本の盆踊りに深く感動したように、です。
たとえ異国のひとであったとしても、その土着の風景に豊かさを感じとって、心からの安心感を覚えたわけですから。
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だとすれば、少なくとも僕らがつくるべきインタビュー記事はもうバズをつくることではないのだろうなあと。
もちろん、そこで売上をつくることでもない。
そんな木々が根付く「豊かな土壌」がこのコミュニティには間違いなく存在するのだと、その文化自体を間接的に可視化することだと思うのです。
一つひとつの信頼の物語、そんなインタビュー記事は御神木のような存在となる。そして、それが結界のような役割も果たしてくれるはずなんです。
外から邪悪なものが入ってくることを防ぎつつ、マレビトのようなカミが訪れる可能性、その参加シロのような余白も、同時に生みだすはずです。
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最後はかなりお盆時期のような偏った抽象的な書き方になってしまいましたが、Wasei Salonの「わたしの一歩」のインタビュー記事は、各メンバーの節目ごとに、そのような役割、コミュニティの礎や柱的な感覚を果たすものとして存続させていきたいと考える今日このごろです。
今日のブログがいつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。

2025/08/17 20:24