今日、東京・渋谷で開催されたオトバンク主催の「オーディオブック大賞2024 」の表彰式にご招待していただき、参加してきました。

オトバンクさんは、オーディオブック業界を盛り上げるために、かなり前からこのアワード企画を自ら主催していて、僕も毎年発表を楽しみにしている企画になります。

今年は、コロナが明けてからは初のリアルイベント開催で、ユーザー数300万人突破、オトバンクさん20周年という節目の年でもあり、学生時代から応援している身としては、なんだか本当に感慨深いイベントだったなと思います。

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ちなみに今年の大賞は、以下の3作品になります。

『成瀬は天下を取りにいく』
『汝、星のごとく』
『JUST KEEP BUYING』


『汝、星のごとく』の著者である凪良ゆうさんご本人が会場に直接お越しになっていて、受賞スピーチも直接聞くことができて、個人的にはとても嬉しかったです。

前作の『流浪の月』も、本当に大好きな小説で、映画版も大ファンです。

『汝、星のごとく』もずっと聴きたいと思っていたのですが、やはりこれは舞台になっている瀬戸内海で聴くのがいいのだろうなあと思い、グッと我慢してきました。

そしてまさにちょうど今週末から、愛媛県今治に行く予定があるので、現地の風景と共に、思う存分味わってきたいなあと思っています。

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また、今回のイベントの後半では、特別トークセッションということで『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が今売れに売れていて、飛ぶ鳥を落とす勢いの文芸評論家・三宅香帆さんが登壇されていました。

今日の本題はここからで、この三宅さんのお話をお伺いしながら、個人的にものすごく腑に落ちた話があったので、その内容をこのブログの中でもご紹介してみたいと思います。

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今回、三宅さんのお話の聞き役は、オトバンク創業者の上田渉さん。

上田さんは、三宅さんのこちらの本があまりにもおもしろかったので、2回も繰り返しで聴いてしまったと大絶賛していました。

「定期的に、読書関連の本は出てくるけれど、でも今回はかなり珍しいタイプの本だ」と語られていました。

具体的には「読めない人が、どう読めるようになるのか?」という話ではなく、「読みたいと思っているひとが、なぜ読めなくなるのか?」という切り口が斬新だった、と。

確かに、言われてみるとそうですよね。

それに対して、三宅さんは、映画『花束みたいな恋をした』に着想を得たという話から始まり、読みたいと思っている人、その読書のモチベーションがあるのに、なぜかそれができないことに対するジレンマを描いたと語っていました。

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しかも、話が面白いのはここからで、労働によって自分の好きだった文化や趣味にアクセスできなくなるけれど、でも、仕事や労働も嫌いじゃない部分もあるということ。

仕事も、ある程度はちゃんと充実している。

だからこそ、昔から好きだった本や漫画が読めなくなってしまうことにもつながっているのも、現代の特殊性。

つまり、マルクスが語るような「労働の疎外」みたいなわかりやすく話でもないということなんですよね。

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やる気もモチベーションはあるのに、なぜか本が読めない。

そのときに生まれてくる、そこはかとない空虚感。

「その理由とは一体何なんだ…?」という問いが、多くの読者に見事に刺さったということなんだろうと。

僕はこの話を聴きながら、ものすごくハッとしました。

そして、このような感情って、今を生きる人々であれば、きっと誰もが多かれ少なかれ共感できるはずだと思います。

昔好きだったはずの趣味や文化、それが充実していたという思い出も明確に自分の中には存在していて、未だにそれを「実現したい」と常々願い続けている。

でも、それに対して時間を割くことができないでいることに対するじれったさ。

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一方で、仕事面を見てみると、決して退屈というわけではない。むしろ、ある程度は充実している。

けれども、仕事へのモチベーションを保つのには、苦労しているという状況。だからこそ「働くことに関するモチベーションの保ち方」が常に、議論の的にもなるのでしょう。

このなんとも言えない「ねじれ状態」が、現代人の悩みなんだろうなあと思いました。

そんな中で、無慈悲に年齢だけが過ぎていく。

気づけば外見は確実に年を重ね、もう若くはない。子どもも生まれ、家庭の責任も増えていく。そんな状況の中で、漠然とした消化不良感だけが漂い続けているというのが、多くのひとの実感なのだと思います。

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このような状況下においては、従来のような政治運動やデモ、ストライキのようなものには繋がっていかない。

だって、仕事は大満足ではなくとも、ある程度は充実しているわけですからね。

しかも、なんなら会社はそんな「読書」から遠ざけるどころか、「読書」を応援してくれていたりもするわけです。

これは完全に余談ですが、今年のアワードからは「法人部門」も新設されていました。

オーディオブックを、法人の社内で上手く活用している企業に贈られる賞です。

誰でも名前が知っていそうな有名企業の担当者の方々が登壇していて、各社がどれだけ社員のみなさんに読書の機会を熱し人に提供しようとしているのか、そんな熱い思いも伝わってきました。

つまり、今や企業側でさえも「読書」を推奨してくれていたりもするわけですよね。

本当に、これは本人の「感情」のねじれの問題になってしまっているんです。(だからこそ、悪者を仕立て上げる対象なんかもいないから、余計に辛いということでもあるわけですが)

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「じゃあ、どうしたらいいのか?」という疑問が湧いてくるはずです。正直なところ、僕にもその明確な答えはありません。

三宅さんの本の中にも、「ノイズ」の話や「半身で働く」といった具体的なアイデアは出てきますが、それらが決定的な解決策というわけではない。

むしろ、三宅さんの本の真の価値は、このような問題意識を共有し、「どうすればこのような現代でも、本を読めるようになるのか」をみんなで一緒に考えるきっかけを提供していることにあるのだと思います。

ただ、このジレンマの構造それ自体を理解していると、自分の現在地みたいなものが見えてくるよね、と僕は思います。

単にモチベーションの話ではないし、疎外の議論でもない。

何か安定やみんなが求めているものを、みんなと同じように求めらさせられた結果としての、漠然としたつまらなさ。

きっとこのあたりに、いま話題の「中年危機」のような話、その無気力感の原因みたいなものも、同時に存在していると僕は思っています。

「中年危機は、世代病というよりも、むしろ時代病だ」と僕が言い続けているのも、まさにそれが理由です。

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じゃあ、一体何から手を付ければ良いのか。

これは、以前もご紹介した、河合隼雄さんの『中年危機』をご紹介した時の「トポスと私」の重要性にも絡んでくるんだろうなあと思います。


複雑な感情や経験をありのままに受け止め、自己理解を深めていくプロセスこそが重要で、それが「トポスと私」の話の中でも見事に描かれていたなあと。

で、そのためのアプローチとして、河合隼雄さんの『中年危機』の本の構造もまさにそうでしたが、「小説」を読むことが非常に有効だということなんでしょうね。

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「いやいや、だからその時間がないんだよ…!」と、堂々巡りなのは重々承知しています。

でも、これはめちゃくちゃ手前味噌ですが「オーディオブックを使って、小説を聴く」というのはひとつの有効なアプローチだと思っています。

少なくとも僕は、それで大きく改善するポイントがあった気がしています。

特に夏目漱石や、村上春樹作品のオーディオブック作品の存在はかなり大きかったです。

「ながら聴き」でも構わないから、音声を通じて、物語の世界に没入してみるというのは、とても強くオススメしたいこと。

またそこから新たな自分の物語を立ち上げていく、そんな一助にはつながっていくはずですから。

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そこから実際にどのような物語が始まっていくのかは、本当にひとそれぞれだとは思いますが、それでも、小説の世界に音声で没入するというのは、一歩踏み出すきっかけとしては、かなり強くオススメしたい手法のひとつです。

うまくは言えないですが、自分にとっての「トポス」を発見するための指針や方向性の再発見みたいなことが、小説や物語にこそ、含まれているような気がしています。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。