昨日、こんなツイートをしてみました。

この点、昔はド直球に職人の精巧な作りのものや、フォーマルなアイテムを持ち合わせていればいるほど、それが有閑階級の証となる時代がありました。

単純にそのような商品をつくることが難しく、手に入れることも難しかったからです。

でも今は、そのような作りの良い商品であっても技術の進歩で安価で流通するようになってしまい、作りが良いこと自体も、素人の目ではほとんど判断ができなくなってしまいました。(3万円のデニムと、3千円のデニムは一般の人には見分けがつかない)

だからこそ、現代における有閑階級の証は、ハイブランドのチープなアイテム(ロゴ付き)に流れてしまったわけですよね。

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ただ、どちらにせよ、過去も現在もブランドを記号として「消費」していたことに変わりはなくて、本当に意味で富裕層が「浪費」をしていた時代というのはないと思うのです。

ここで言う浪費とは、そのモノの価値をちゃんと理解して、そのもの自体を愛でていたかどうか、です。

結局、自らの社会的地位を見せびらかしたいがために、「ブランド」という概念は長年用いられてきたのだろうなあと。

何が言いたいのかと言えば、「贅沢としての『浪費』をもっと楽しめ。ただし、情報や記号としての『消費』はやめろ」という哲学者・國分功一郎さんのメッセージが間違いなく真ではあるのだけれども(下記のブログ記事参照)、

そのようなことを、社会単位で実現されていた時代というのは、そもそも過去にも存在していなかったのだということです。(個人単位でそのようなことを実現していたひとはたくさんいたと思います)
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じゃあ、本当にものづくりを愛する人々にとっての「贅沢としての真の浪費をする」世界が一生訪れないかと言えば、決してそうではないと思います。

きっとそのためには、社会的地位の顕示欲としての消費と、真の浪費を切り離して行く必要があるのだと思います。

その役割をこれから担ってくれるのが、高額のNFT(アバター含む)になっていくはずです。

例えば今、BAYCなどの高額NFTは、その「ステータスシンボル」としての役割を担い始めています。

このように、「私は有閑階級である」という社会的なメタ・メッセージをすべて仮想空間に移行していく世界が、フォーマルからチープなアイテムに変わったような動きとして、これから必ず起こってくる。

なぜなら、そのほうが圧倒的大多数の人間に対して、私は有閑階級であるということを知らしめることができるから、です。

そうすれば、贅沢としての浪費をしたいひとたちと、自己顕示欲を消費したいひとたちが、リアル社会で同じ土俵の上に上る必要はなくなるわけです。

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これをクラブカルチャーに喩えるとわかりやすい。

純粋に音楽を楽しみたいひとたちと、男女の出会いを求めているひとたちが混在しているから、クラブカルチャー全体が批判の対象になってしまうわけですよね。

でも仮想空間上に、マッチングアプリが生まれて「男女の出会い」がすべてそちらに吸収されていけば、純粋に音楽を楽しみたいひとだけがリアルの空間に集うようになる、まさにそんなイメージです。

だから、人間が生きるうえでお互いにやりとりしている「社会的なメタ・メッセージ」はすべて、仮想空間上に置き換わっていけばいいと思いますし、実際にそうなっていくことは間違いないでしょう。

そうすれば、例えば中国人の「メンツ」を保つためだけの過剰な食のおもてなし(フードロス)なんかもなくなってくるはずです。

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思うに現代社会は、物質の消費という行動を介在させて、お互いの地位の確認・承認をし過ぎなのだと思います。

ブロックチェーンが生まれるまでは、リアルの物質の所有・散財・消費を象徴的に扱うことでしか、そのような社会的なメタ・メッセージのやりとりができなかった。だからムダな消費もある意味では仕方なかったのかもしれません。

でも今は仮想空間が登場してきて、そこに「所有権」という概念も付与することができるようになり、他者に見せびらかすことができるようになってきた。

これは人類にとって本当に大きな大きな変化です。

そして、養老孟司さんのこの話にも直接的につながる話だと思います。
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そのときに、世界の様相は今までとはガラッと変わっていくはずです。

ここまでものすごくわかりにくい話をしてきてしまって、非常に申し訳ないのですが、ものすごく大事な話でもあると思うので、少しでも伝わったら嬉しいです。