最近、心理学者・河合隼雄さんの『大人の友情』という本を読み終えました。

この本が、とってもおもしろかった。

https://amzn.to/46skMRG 

「大人になってから、急に友だちがつくりにくくなった」という話はよく聞く話だけれども、そんな悩みや疑問を持っている方ほど、ぜひこの本を手にとってみて欲しいなあと思います。

今日は、この本の中に出てきた「茶呑み友だち」という概念について、少しこの場でもご紹介をしつつ、自分の考えも合わせて書いてみたいなと思います。

ーーー

さて、「大人の友情」と言いながら、本書では「年配の男女の恋愛関係」についても語られていて、河合さんは、日本には古くから「茶呑み友だち」という美しい表現があると言います。

文字通り、お茶を酌み交わす友人を指すこともあれば、激しい情熱の時期を過ぎ、穏やかな信頼で結ばれた夫婦関係を指すこともあるんだ、と。

そして、劇的な恋愛も美しいけれど、時に脆い。それに対して日常の何気ない時間を共に過ごす中で育まれる関係は「派手さ」はないけれど、非常に深く、強いものになるはずですと語ります。

河合さんは、人間の感情にはそんな「激しさ」と「深さ」の二つの側面があると言い、以下のように書いていました。

さっそく本書から少しだけ引用してみたいと思います。

確かに「愛」の物語には劇的なものが多い。相手のためにはどんな犠牲も惜しまない。
財産や地位や名誉を投げ棄てる。時には命さえ惜しまない。相手がどれほどのものを捧げてくれるかによって、愛の程度が測られるとも言える。
(中略)
深さの方はすぐにわかるような行動と結びつかないので、一見すると認めにくいのだが、永続的な行為として示され、それは他からの力によっては変え難い。そして、うまくその表現がなされ他に伝わるときは、深い感動を呼び起こすことになる。
「茶呑み友だち」的な夫婦関係は、どちらかというと友情によって支えられている、ということになるだろう。


ーーー

若いころの恋愛のような「激しい」関係性と、茶呑み友だち的な意味合いでの「深い」関係性。

どちらが良い・悪いということではなく、どちらも大切だと思います。

また本書の中では男女関係の話でしたが、これは同性同士の友情や、恋愛感情を抜きにした異性同士の関係性の中でも、全く同様の話に置き換えることができるはず。

たとえば、部活動やプロスポーツ、スタートアップで形成されるような関係性なんかは、まさに「激しい関係性」と言えそうです。

もしくは、最近流行りのリアリティ・ショーやオーディション系の企画も、基本的にはこの構図だと思います。もちろん言わずもがな、『オフラインラブ』のような恋愛リアリティーショーなんてその最たるもの。

ーーー

みんな、結局のところ、そんな激しい関係性を経由した先にある、深い関係性を求めている。

「目的性と共同性」のあの話で言えば、「激しい」目的性を経由して、真の「深い」共同性に到達したいと願っている。


それこそが正しい人間関係のゴールだと思い込んでいる節もあるかと思います。たぶんそれは、少年ジャンプを中心としたマンガやアニメの影響もかなり大きいのでしょうね。

ーーー

あと何より、現代のいちばんの落とし穴は、そんな激しい関係性こそが、人目に晒したときに、PV数やフォロワー数を稼ぐためのショーとして最適な見世物になるということ。

たとえば、蜜月関係から喧嘩をし、仲直りをして、また更に激しい喧嘩を繰り返す、そんなトランプとイーロン・マスクのようなやり取りが、現代で一番耳目を集める。多額の金銭だって、同時に動く。最高の広告媒体となりえてしまうのです。

いま話題の映画『国宝』のように、最初から最後まで一貫して「役者として生きる」という覚悟を決めたのであれば、それはそれでひとつの生き方ではあるとは思う。でも、何度も語るようにそれは「悪魔との契約」が必要になるぐらい、困難な道でもあるわけです。

ーーー

そうじゃなくて、もう一つ、この本の中で紹介されているような「茶呑み友だち」という概念が、一方で存在するんだと思います。

それがまさに、このWasei Salonというコミュニティにおいて僕が実現したいことのひとつです。

もちろん男女問わず、年齢も問わずで、なんですよね。

また、それを構築できる空間が、いま世の中には圧倒的に少ない。それは間違いなく「教養的な空間」が減ってしまったからだと思っています。

しかも、素人でも楽しめるような「生活に紐づいた教養的空間」が減ってしまったことが大きな原因なのだろうなあと。

ーーー

さて、この点に関連して、さらにこの「茶呑み友だち」のくだりの中で美しいなと思ったのが、とある男女のお手紙と和歌のやり取りがご紹介されていたところ。

ここで紹介されているふたりは、66歳の男女で、お互い伴侶を亡くしたあと、手紙と和歌をやり取りしながら「茶呑み友だち」として関係性が深まっていったというお話で、ここも本当にグッときました。

再び本書から少しだけ引用してみたいと思います。

それにしても、日本に「和歌」という伝統があったのは、この二人にとってほんとうに幸いだったと言えるだろう。手紙の内容は礼儀にかない、「奥様」と「先生」とのつきあいであることを守りつつ、和歌では手紙文にはもりこめない自分の感情を歌うことができる。
とは言っても、それはあくまで和歌という形式によって守られていて、感情の逸脱を防ぐことができるのだ。
(中略)
二人の書簡を追ってゆく紙幅はもうない。ただ全体を通じてみられる彼らの深い思慮と抑制が、この恋を爆発する炎の強さよりも、永続する深く輝く関係へと導いていったことに心を打たれるのである。


このブログの中では長くなってしまうので、おふたりの手紙と和歌のやり取りには直接言及しないですが、本当にとても美しいやり取りがご紹介されている。

気になる方は、ぜひ本書を実際に手にとってみてください。手紙の作法や、和歌の作法って本当に美しいなと思わされるかと思います。

一朝一夕で育まれたものでないことも、とてもよく伝わってきますし、僕ら日本人は本来、このような文化を通して、深い深い満足感を得ることができていたのだ、ということもとてもよく伝わってくる。

ーーー

ただ、現代を生きる僕らは、せっかく先人たちが育んでくれたそんな作法や、不自由であればあるほど高まる自由、そんな「抑制の美学」みたいなものを、古臭い、カビ臭いと言って捨て去ってしまった。

また、このような『茶呑み友だち』的な深い関係性を「プラトニック・ラブ」というような安易な昼ドラ的な言葉にカンタンに置き換えてしまった。

でも世の中で語られる「プラトニック・ラブ」はどちらかと言えば、肉体関係を持たずに、精神的快楽だけで、社会的な禁忌を犯すような快楽を求めたものであって、あくまでそれっていうのは、外形的な話に過ぎない。

そうじゃなくて、もっと穏やかな、もっと心安らぐような深い関係性が本当は存在するはずですし、それこそが『大人の友情』にもつながるはずなんですよね。

ーーー

僕は、人生においては、どれだけそんな「茶呑み友だち」を増やせるかが、ものすごく大事な要素になってくると思います。

特に、30代以降の心の安寧を求めるときには、これは決して切っても切り離せないものだと感じる。

もちろん、10〜20代の若い子たちが求めるような激しい関係性を、否定するわけじゃない。

誰もが若いときに体験するジェットコースターのような関係性も、美しいし楽しい。僕にとっての若かりしころの部活動の経験や、恋愛の経験、スタートアップのころの経験なんかも、まさにそうでした。

そんなふうに一生忘れられない仲間は、必ずいたほうがいい。彼ら・彼女らと一緒に思いっきり青春をしたなあと思える関係性のひとたちが何人かでもいれば、それが一生の宝にもなります。

僕にとっては、株式会社Waseiを成立して、最初に加わってくれた仲間たち、あとはWasei Salonの一番最初の初期メンバーのみなさんは、まさにそんなイメージです。

ーーー

しかし人生において、そんな相手は少人数で構わない。数十人もいれば、関の山。

それよりも、茶呑み友だちを増やそうよ、って思うんですよね。酒を酌み交わす仲間だけではなくてさ、と。

「茶呑み友だち」は、集まって何を話せばいいのかわからないと思うかも知れないけれど、それこそ読書会や映画鑑賞会、そこから生まれた問いによる対話会をするなど、いくらでも話題は尽きないはず。

逆に言えば、教養というのは、それを支えるために存在したとも言えそうです。作品を経由させて語り合うことで、お互いに深く関係性を構築することもできた。

ーーー

それが当たり前になれば、逆説的に常に一緒にいる必要もなくなってくるし、常に一緒にいたいとも思わなくなる。

むしろ、それぞれに自分の感性が磨かれることに対し専念しようと感じられるし、そして同時に、また次に相手とお茶を呑める機会を純粋に楽しみになる。

そうやって共にいないからこそ、共にいられるし、「群れずに、群れたい」という表現は、まさにこの茶呑み友だちのためにある言葉だなと思います。

そんな穏やかな関係性が、30代以降の心の平穏を与えてくれる。

それが、長い年月の中で自然と育まれていくと、自らの幸福感なんかにも直結していく。

ーーー

繰り返しにはなってしまうけれど、Wasei Salonもそんなふうに、男女問わずこの関係性を耕せる場でありたいなあと思っています。

最愛の相手は、ひとりだけに限らないと社会から怒られてしまうけれど、「茶呑み友だち」は何人いたって許されているわけですからね。

まさに喫茶去精神で付き合える関係性でもあります。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。