なぜひとは、他者に対して強制的に「おまえが大切にしているソレを捨てろ!」と強制的に迫れるようになるのか。

それは、自分にとって強い「こだわり」があり、他者に対してもその強いこだわりを強制しようとするからだと思っているひとは多いのではないでしょうか。

僕も最近まで、ずっとそのように考えていました。

でも、実際に世の中をよくよく観察してみると、そうじゃないことに少しずつ気づいてきます。

じゃあ、実際には誰がそのような形で強制してくるのか?

それは、自分も他者からそのように迫られて、本当は大切にしたいものがあったのにも関わらず、それを捨てさせられたという経験があるひとです。

そんな方々が自分以外の他者に対しても躊躇なく「それを捨てろ!」と言い切ってしまえるのだと思います。

具体的には、心から愛する大切な我が子を「兵士として差し出せ!」と一番力強く他者に圧力をかけられるひとは、国家の首相でもなく、軍隊のトップでもなく、天皇でもありません。

自分の愛するわが子を兵士として実際に差し出したことがあるひとだけです。

ーーー

だからこそ、雑誌「暮しの手帖」を創刊した花森安治は戦争を自ら経験したあとに、「人間の暮らしは何者も犯してはならない」と言ったのだと思います。

参照:「暮らし」というテーマに人生を賭けることの意味。

正直、僕にはこの意味が最初はよくわからなかった。

「ひとりひとりが自分の暮らしを大切にしてしまったら、それこそ各人が好き勝手に行動してしまって、国家がまとまらなくなってしまい、また戦争の道にまっしぐらなのではないか」と思ったのです。

でも、本当はそうじゃない。

ひとりひとりが、自分が大事にしたいものを大事にする権利が守られているからこそ、相手にも相手にとって大事にしたいものがあることを心の底から理解することができ、お互いの暮らしを尊重することができる。

自分にとってかけがえのない「家族」や「暮らし」があるように、相手にも同様のかけがえのない家族や暮らしがあるのだから、暴力でそれを奪っていいわけがないと、素直に認めることができるようになるはずなのです。

ーーー

この話はきっと、誰もが一度は経験したことがあるであろう「制服」を例にとって考えてみると、きっとわかりやすいかと思います。

制服には、確かに美しいほどに統率を取れる力があります。生徒同士の格差を一時的に見えなくすることにもつながり、見かけ上の平等も確保できる、本当に良いことだらけです。

人間集団にとって、こんなにも「同一性」を生み出すために役に立つものもなかなかありません。

でも一方で、ひとりひとりが大切にしたいと願う個別の「装い」は奪うことにもなる。

そうすると、「装い」や「規律」に強いこだわりがあるひとたちほど「なぜおまえは、ちゃんと制服を着ないのだ!」と相手に迫ってしまいます。

その言葉の裏側には「自分はこれだけのものを犠牲にして、これだけ集団に奉仕をしているのだから、おまえたちだってそうすることが当然だろう」という無意識の論理が働いているわけです。

仮にもし、私が大切にしたいと思っていた「装い」を集団のために捨てずに済み、相手には相手の大切にしたい「装い」があると思うことができれば、まったく自分とは趣味趣向が異なる装いをしていても、相手のその世界観を尊重し「それもひとつの個性だね」となるはずなのです。

そうやって、全く異なる他者の装いを守ることが、私の装いを守ることにも繋がっていくはずなのだから。

ーーー

この話は、「平等」や「同一性」を過度に求めるひとリベラルな思考のひとたちがいつも見落としがちな視点でもあると思います。

自分の人生の経験のなかで、ポリコレを根拠にして「奪われた」「差し出してしまった」と感じているひとは、自分だって同様にポリコレを根拠に目の前の相手の大切なものを奪ってしまってもいいと思ってしまう。

ほかならぬ、私の大事にしたかったものがそうやって「正論」や「集団の利益」の名のもとに奪われてしまったのだから。

古今東西の左翼運動の歴史を見ていても、本当に強くそう思います。

人間は何度この過ちを繰り返しつづけてしまうのか。集団が「同一性」に向かうときの暴力性というのは、それぐらい計り知れない力を持ってしまう。

ーーー

だからこそ僕は、どれだけ共同体やコミュニティの統率が取りにくい状態になっていったとしても、各人の「暮らし」を最優先に大切にして欲しいと願う。

そんなことしたら、誰も集団に分け与えるような行為はしなくなってしまうのではないかと思うかもしれません。

しかしそれは、以下のブログにも書いたように、お互いが「喜捨をする」ということで解決することができると思っています。

参照:偽善を「愛」だと誤解しない。 

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となったら幸いです。