最近、ひとりの人物の人生を、青年期から老年期までを長く描く長編小説が増えたなと思います。
特に「女性の10代から晩年まで」を、時間をかけて追体験させるような作品が増えて気がします。
そしてそれが増えている理由って、たぶんすごく単純で、そのようなものはAIの要約では描けない、感じ取れないから、なんだと思うんですよね。
AIの登場で、要約文化がここまで加速したからこそ、逆説的にAIの要約によってこぼれ落ちてしまう部分に、ふたたび価値が戻ってきた。
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以前も書きましたが、小説や物語も、究極要約すると2パターンしかない。
「ひとが、穴に落ちた。そのまま死んだか、もしくは這い上がったか」
結局その二択になってしまう。そこから得られる教訓だって大体同じです。
でも本当は、その“二択のあいだ”にある、長い長い人生の時間のほうに、ほんとうの人生の手触り感があり、僕らが学ぶべき点がある。
そして、その冗長に思える部分にこそ、いまオリジナリティが宿り始めているような気がしています。
今日はそんなお話について書いてみたいなと。
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たとえば、村田沙耶香さんの『世界99』の上下巻と、凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』からその続編である『星を編む』という長編小説は、まさにそうです。
一人の女性が10代から、人生の晩年までを長い長い時間をかけて味わっていく長編小説です。
しかも、どこか特筆するべき点があるような偉人伝的な展開ではなく、ひどくどこにでもいそうな一般女性の物語。
しかもその女性が、物語の完全な主役でもないという点も、また良いなと思います。あくまで、複数の登場人物のひとりとして話が進むところも良い。
つまり、人生の波風立つような瞬間だけでなく、凪の時間もしっかりと描かれている。
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そして、村田沙耶香さんの『世界99』よりも、凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』のほうが個人的には好きです。
この作品のすごいところは、人生はむしろ「凪」なんだってことを、ハッキリと、でもとても静かに伝えてくれているところ。
この物語の舞台が、愛媛県の瀬戸内海の島であることも、なんだかものすごく納得できるなあと思います。
瀬戸内の海ほど、日本のさまざまな海の表情のなかで凪が似合う海は、ほかにはないですからね。
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そう考えると、凪良ゆうというペンネームも、ほんとうに素晴らしいなと感じます。
凪こそ良い、嵐が去ったあとの家族の凪こそを言祝ぐように描くひと、それが凪良ゆうさんなんだって思ったんですよね。
ちなみに、その嵐のあとの凪のほうに絶望してしまい、最終的に自ら命を断つことを選ぶ『世界99』との違いも明確です。あちらは完全にディストピア小説。
この違いを最近のブログの内容に絡めて言えば、今後の「一の矢」こそを避けようとして死を選ぶ作品が『世界99』だとも言える。
でも一方で、その「一の矢が刺さって鮮血が飛び散ることこそが、生きるということだよ」というある種の祝福のような表現が、凪良ゆうさんのすごさだなと思います。
それよりも、大事なことは、二の矢を防ぐこと。
「愛と呪いと祈りは似ている。」という言葉が『汝、星のごとく』の中に出てきますが、まさにそういうお話だったなと思います。
つまり、二の矢(自らが生む呪いや自責の念)をだましだまし、生きていく。
ドラマティックな出来事のあとに訪れる、そんな泥臭く凪のようなプロセスそのものが、AIでは要約不可能な「価値」となっているわけですよね。
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今日の話は、現実世界で言えば、たとえば山登りとか旅行とかでもそうですよね。
はるか昔、移動手段は、徒歩か馬車だった時代から、車や鉄道、飛行機が登場し、ありとあらゆる交通手段が整い、山の頂上、旅の目的地に、すぐに到達できるようになった。だからこそ、旅の過程のほうに、逆説的にスポットライトが当たり始めたという話なんかにもとてもよく似ている。
でも確かに、馬車しかない時代においては、やっぱり旅の一番の醍醐味は、山の頂上、目的地のゴールだったと信じて疑われなかったはずなのです。
そうやって、ゴールまでを短縮してくれるものがそもそも存在しなかったから。
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AIが出てきた今、知識や物語もソレとまったく同じで、その端折られる部分、従来だと冗長的だと感じられていた部分にこそ、実は価値があったんだという話になりつつあるなと思います。
数年前まではAIがなかったから、あらすじや要約にも価値があったし、人々もそれを必死で求めていた。
でも交通手段の話とまったく一緒で、AIという誰でもカンタンにショートカットできるような道具が発明されたからこそ、つまり要約やあらすじが無価値化されたからこそ、逆説的に、長編小説の「凪」を味わう文化が徐々に高まってきているなと思います。
そこに描かれている内容の要約、その教訓だけを知ってもほとんど意味がないというように、です。
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僕が最近、寅さんにドハマリしているのも、きっとそれがものすごく大きい。
寅さんも、50作かけて、まったく同じようなプロットを飽きずに何度も繰り返しながら、進化があまりないように思えるわけです。
要約して、わかった気になることは、本当にカンタン。
でもそうじゃないんだって、今ほんとうに反省しています。
寅さんの同じプロットの中でも、時代は刻々と変化していく。そんな時代の足音みたいなものが同じ繰り返しの中に感じられたりもする。
具体的には、寅さん28作目は、1981年の作品であって、ついに子供たちがコンピューターゲームで遊びだすシーンが描かれていました。
第一作目が1969年、その時の寅さんは時代の真ん中にいた感じがあったのに、ここからドンドン時代から遅れ始める、追いやられる。
実際、そんな描写が映画のなかにも増えていく。かつ、寅さん自身ももう若くはない。
この先の日本の未来を知っている人間としては、観ているのがちょっとずつ辛くなってくる。でも、それゆえに、最後までちゃんと見届けたいと思わされる。
うまくいえないですが、その中に、とても日本的な「もののあわれ」が描かれてあるなと思うし、視聴者として感じ入ることができる。
要約では決して味わうことができない感情です。
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あと、NHKの朝ドラ、大河ドラマとかもそうですよね。
一時期かなり廃れた古臭いものだったはずなのに、最近はまた、朝ドラや大河ドラマが時代の話題の中心になり得ているのは、この変化が大きいはず。
もちろん、歴史上の人物の、物語展開的な部分を印象的につなぎ合わせてつくられているけれど、でも、やっぱりそれでも冗長的になる時期は否めない。
一昔前なら、中だるみと揶揄されるようなところです。
でも視聴者自身も、その中だるみも含めた退屈さ、そんな凪こそが人生だ、その味わいから学びたいと、楽しみたいと感じている風潮さえあるなと思います。
少なくとも、必ず朝ドラや大河ドラマを観続けているという盤石なコアファンはそちらを味わっている印象が、僕にはとても強い。とても通な味わい方だなと思います。
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あとは、わかりやすいところだと現代の推し活とかも、まさにそういうことですよね。
そのアイドルの凪にこそ注目したいから、一生涯かけて追い続けているし、アイドル自身も、男女関係なく、その凪の時期を隠さずに、自身のSNSで発信するようになってきた。
そこにこそ人間の興味関心が移り変わっていて、人間同士の深い信頼が生まれる土壌があるんだということが、アイドル側も推し活をしているファンの側も、分かり始めてきたということでもあるんだと思います。
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今日語ってきたように、あっちの物語の大きな波、こっちの物語の大きな波を行ったり来たりするのは、嵐を待ち望むような態度であり、ハレをひたすらに観に行くような態度だと思います。
旅行で言えば、ツアー旅行やスタンプラリーに近い。
そうじゃなくて、凪こそを観に行く。長い長い移動時間を味わうようなタイプのコンテンツが増えてきたなと思うのです。
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江戸の儒学者・三浦梅園の言葉をここでもやっぱり思い出したい。
「枯れ木に花咲くに驚くより 、生木に花咲くに驚け」
嵐の物語は、まさに枯れ木に花咲く瞬間を指すのだと思います。
それはとてもドラマティックで感動的。でも文字通り、長い長い人生の中のドラマ的な一場面に過ぎない。
そうじゃなくて、生木に花咲くを驚きたい。
そんなふうに、毎年訪れるほんとうに何気ない凪の日常。生身の人間の一生を横目で見合う関係性。
毎年やってくるそんな生木に花咲くを待つ喜びを、分かち合えるのであれば、それはほんとうに幸せなことだと思います。
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お互いがお互いの凪の観測者、生き証人になっていくようなイメージにも近い。
自分史を書いても、決して年表に残らないような、そんな何気ない日常の記憶を共有し合うことこそが、同じ今を生きているという贅沢さであり豊かさであると、感じ合っているということなんでしょうね。
AIの登場で、時間間隔がドンドン短縮されているからこそ起きている、水面下の大きな変化だなと思い、今日のブログにも書いてみました。
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お互いの人生の中の凪を称え合える、凪こそを見守り合える関係性を、これからもこのWasei Salonの中では丁寧に耕していきたい。
もちろん、嵐にもドンドン果敢に挑戦して欲しいと願います。そうしないと人生に張り合いが出ないこともまた事実ですから。
だからこそ、そんな嵐に果敢に挑戦するための、安心して帰ってこられるホームをつくりたい。
「ただいま、おかえりなさい。行って参ります。いってらっしゃい」の循環。そんな関係性、擬似的な家族、でもそれが疑似だなんて誰が決めた、というまさにあの話です。
いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとっても、今日のお話が何かしらの参考となっていたら幸いです。
2026/01/10 20:36
